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罪を池田に着せる
正本堂についての阿部管長の姿勢は、卑劣そのものだった。
共犯的な立場で正本堂の誑惑を進めてきたにもかかわらず「正本堂を三大秘法抄の戒壇と云い出した一番の元は、池田大作だ。宗門は巻きこまれただけだ」(大日蓮・平成三年二月号)などと罪を池田ひとりに着せ、己れは被害者のような顔をした。
その一方で阿部管長は、正本堂の建物自体には執着する。平成三年の虫払法会の説法ではこう云っている。
「本宗信徒一同は、正本堂の世界に冠たる素晴らしい建物を仰ぎつつ、その然るに至った広布の相よりして、日達上人の仰せの如く、三大秘法抄の意義を含む大功徳が存すること、かつ、戒壇の大御本尊まします故に現時における本門事の戒壇であり、・・・・・ 常に参詣し、懺悔滅罪すべきであります」
この発言は、正本堂をエサに多くの学会員を取り込もうとの卑しき心算から出ている。所詮阿部管長には、池田への憎悪はあっても、大聖人に対し奉る懺悔はなかった。
翌平成四年十一月、顕正会の三十万達成を機に、私は“これで最後”との思いで諌状を送った。
その冒頭に云く「本門戒壇の大御本尊が誑惑不浄の正本堂に居(す)えられ奉ってよりすでに二十年
---。その間、顕正会の連々たる諌暁により誑惑すでに破れたるにも拘(かかわ)らず、阿部管長には未だに大御本尊への不敬を解消し奉らぬこと、痛憤に耐えぬところであります。御本仏この無道心を見て、いかに悲憤(ひふん)あそばし給うか」
そして末文に云く「直ちに戒壇の大御本尊を清浄の御宝蔵に遷座し奉るべし。御遷座こそ誑惑の完全なる清算なり」と。
しかし阿部管長は動かなかった。
ここに平成七年一月、突如として阪神大震災が発生し、日本の安全神話は覆(くつがえ)った。正本堂は二万トンの屋根に覆(おお)われた危険な建物である。
私は即刻「建白書」を認めた。「もし戒壇の大御本尊に万一のことがあれば、ことは仏法の破滅、全人類の破滅、これ時に当って一閻浮提第一の大事であれば、敢えて強言を構え、直諌するものであります」
「もしこの重大の諌めをなお蔑(あなず)り無視するならば、御書に云く『法に過ぐれば罰あたりぬるなり』と。
すでに御身の亡びること眼前なること、最後に念記するものであります」と。
阿部管長はなお動かなかった。この上は、諸天の責めを待つほかはなかった。
( 日蓮大聖人の仏法、冨士大石寺顕正会発行、浅井昭衞著、第十章より
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