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日蓮正宗妙信講 第十五回総会
本部長指導
日本の広布・国立戒壇こそ世界平和の鍵
国家諌暁なくして国家体験はおこらず
十万世帯 御入滅七百年までに達成せん
日本の累卵の危きを見よ
私は本年を 「激動の七十年代における初期の山場」と 年初より云ってまいりました。その所以は、本年昭和四十七年こそ、大聖人の御遺命・宗門七百年の悲願たる本門戒壇の大事が、内外に決定的に曲げられてしまうかどうかの岐路であったからであります。
仏法は体・世間は影です。体の仏法がもし歪曲されたらとうして国が持ちましょう。而してこの歪曲は、大聖人の御裁断により、ギリギリの所で糺された、辛じて正義だけは守られた。だが、正本堂にまします大聖人様の御意を深く拝し奉る時、将来にわたって
深刻に考えざるを得ないことかある。
一方、影たる世間を見るに、本年はやはり戦後二十七年の日本の進路において 重大なる曲り角に立っているようであります。戦後二十七年間、アメリカの核の傘の中て、自ら身を守ることもせず 只ヌクヌクと我が身だけを肥して来た日本が、どうしたわけか反米を云えば俗受けする風潮盛んとなり、浮いたムードの中で日中の復交が行われた。マスコミも、また何でも反対の野党もこれだけはこぞって絶賛しております。
だが私はどうしても 手放しで喜ぶ気になれない。マスコミが絶賛するほど、今の中国が平和で友好的で、且つ日本にとって甘い国であるとは
到底思えない。たとえば、あの中国の憲法にまで名前を明記されていた林彪副主席が、いつのまにか暗殺されていて、なお一年間も誰にも知らされていなかった国です。毎日新開の西山記者が「知る権利」などと叫んでいるが、一つ中国に行ってこの権利を叫んで見たらよい。
かかる凄じい国を、今の四分五裂・まとまりのない フヤケタ日本が果して相手に出来るのでしょうか。曾って北条幕府は強がって
罪なき蒙古の使いの首を斬り、大聖人様のお叱りを受けたが、今の日本は浮足立って
ただ中国に諮っているように見える。
見てごらんなさい。あれほど政府の悪口を云うマスコミさえ、うまく操られ、こと中国に対してはイジラシイほど尽している。林彪の事件なども
大新聞は知りながら中国を恐れ憚り 一行も報道しなかった。その迎合ぶりは 滑稽にさえ見える。また野党もまことに従順です、ひたすら点数をかせいでは北京に詣で、お墨付きを頂いてハクをつけ、国内の党利党略に利用せんと憂身をやつしている。そして、そのムードに乗っかり、総選挙めあてに大向うの喝采をねらい、台湾との国際信義をも抛ち、ヤミクモに走り出したのが今の政府てあります。かかる国中の迎合ムードを見る時、将来
日本が果してかの術数に陥る事の無きやと 危惧の念を懐かざるを得ない。
私は日中の復交そのものを 悪いというのではない。ただ福運なき謗法の国は
自然と禍を千里の外より招き寄せる。今、体たる仏法のまさに曲げられんとした時、たまたま日本のとった戦後最大の外交路線を見て、何か暗い暗合を感ぜずにはいられないのてす。しかも強力なる独裁国家に対して
今の日本の浮足立った迎合を見るにおいておや という気持であります。これが今後の日本にとって
大きな曲り角、自叛・他逼に向う岐路のように思えてならない。今後 果してどのように事態は推移するか、仏法の立場から妙信講員は
長い眼で見守って頂きたい。
だが、達観すれば中国は 仏法有縁の国であります。日本に次いで 三大秘法の流布する国であります。また大聖人の御在世には 隣国の賢王として大聖人様の御化導を 助けまいらせている。ゆえに将来 日本の事の広宣流布に、やはり大きな役割を果してくれるのかも知れない。但しこれは 大きく総論的に見た上での話です。恐らくは、それに至る過程 まことに深刻なものがあるに違いないと思う。正しく本年は七十年代初期の 山場・曲り角と云わざるを得ない。
見てごらんなさい。日本の経済は繁栄したというが、人の心の荒みも未曾有です。親不孝などとは云うもおろか、自分の生んだ幼児さえ 若い母親が虐殺する、虐待する、こういう事件があとを断たない。しかもこれ等の事件は 食えないからという理由ではない、皆 自己中心・自分本位のわがままからです。一国畜生道も極れりという時代に入って来た。かかる三悪道の国、そして大正法ありながら捨てて顧みざる国が いつまても福運が続くわけがない。
すでに天は警鐘を乱打して 異常気象は盛んであり、やがて世界的飢饉をも招かんとしております。また日本の経済も
再度の円の切り上げ必至となり、徐々にのど元を締め上げられつつある。そして憂えるのは、自ら国を守る力も気慨もない今の日本が、果して強大な武力を背景とした中国・ソ連
そして徐々に離れつつあるアメリカを小手先で操って、果していつまで安泰を持てるのか、なにか太った豚が猛獣の中にあって、ひとり喜々としてたわむれているように見えてならない。
将来、もし日本が最悪の事態になった時、これを救うために兼ねて大聖人様は 戒壇の大御本尊を残し給うたのであります。ゆえに四十九院申状には 「第三の秘法 今に残す所なり、是れ偏えに末法闘諍の始、他国来難の刻、一閻浮提の中に大合戦起らんの時、国主この法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」と。
末法闘諍の極として 全世界に未曾有の大闘諍おこる時、その動乱に処してよく国を守り身を全うするのは
此の戒壇の大御本尊に帰依する以外にはないと、かねて大聖人様は仰せであります。
( 句読・改行等、便の為に当サイトにて添加 )
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