|
日蓮正宗妙信講 第十五回総会
本部長指導
日本の広布・国立戒壇こそ世界平和の鍵
国家諌暁なくして国家体験はおこらず
十万世帯 御入滅七百年までに達成せん
十万世帯断じて七百年御遠忌までに
而して、この一国諌暁の斗いを起すには、自ずと発言の資格のあるべきと思われる。
過去三年の宗門における 御遺命守護の御奉公においても、宗門の枢機に関わる重大法義、たとえ仏法守護の為とは云え、大聖人より発言の資格を給わったとの確信なくして
何でこれに言及出来得ましょうか。
折伏もせぬ口舌の徒に 大聖人様が発言をお許しになるわけがない。
妙信講は 一万世帯への死身弘法・悪戦苦斗の中に、「正義を守れ」との厳たる御命令にも似たものを拝したのであります。ゆえにその発言は 堂々と通ったのてあります。
いま、一国諌暁の資格は、まさに十万世帯の死身弘法に依るべきと 強く思うものであります。然らば、この十万世帯をいつまでに達成すべきか。今まで漠然としていたが、本日はっきりと申し上げる。
将来を展望するに、この一九七十年代は 過去の安泰が大きく崩れてゆく激動の時代、まさに「末法濁恵の未来」と仰せられる その入口の年代のように思われる。そして次の八十年代こそ ますます濁悪は深まり、末法濁悪もその直中、真中の年代と思われる。しかもその八十年代の初め一九八一年
即ち昭和五十六年は宗祖日蓮大聖人 御入滅七百年の歳にあたる。
顧れば、六百五十遠忌はちょうど昭和六年、あの六十代日開上人の御時であられた、それより五十年、昭和五十六年こそ 御本仏御入滅せられて七百年であります。この年が広布の斗いにおいて、一つの大きな節であると思わざるを得ない。
そこでこの昭和五十六年に 焦点を合わせる。あと九ヶ年、この時までに 一国諌暁の十万世帯、断じて達成しようと思うがいかがでしょうか。(大柏手)
お互いに露の命、今生は夢の中の夢であります。大聖人様は仰せです 「人久しといえども百年には過ず、其の間の事は 但一睡の夢ぞかし」と。いくら命を惜んでも死は避けられません。長生きしたと云っても百年を過ぎることはない。しかも過ぎて見れば その間の事はただ、一睡の夢のようなものであります。露のような短い人生を ただ空しく過して悪道に堕するのも一生。だが私達はたまたま 値い難き三大秘法に値い得た、しかも重大な事の広宣流布の前夜に 生れ合わせております。
同じくはこの短い一生を、やがては朽ちはてるこの身を、大聖人様の仰せにまかせ、その御金言のままに勇敢に斗い、最後一生成仏の仏果を得さして頂きたい。撰時抄に云く 「されば我が弟子等 心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して 此の度仏法を心みよ」と。
大聖人様への最大の御報恩は 折伏弘通であります。どうか、本日の総会を契機に、あと九ヶ年のちの
御入滅七百年遠忌をめざし、十万世帯への大前進を開始しよう。そして、時来たり、もし客観状勢が迫るならば、妙信講こそ斗う法華講として、いつでも堂々と一国諌暁に
立ち上ろうではありませんか。(大拍手)
( 句読・改行等、便の為に当サイトにて添加 )
戻る 次
|
|
|