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       権力者の心理学

 第一章 指導者の心理学
  
8 老人ぼけと後継者問題

     バトンタッチのタイミング

 (略) 最近の政治や経済の世界でも、このバトンタッチがうまく行くのは、「偉大な父」が比較的若手で、中道にして惜しまれて倒れた という場合のほうが多い。

 むしろ、反対に、老年に達した支配者が 自ら指名した
後継者の仮想敵を排除するために充分な、時には過剰な手を打った上で死んだ場合に かえって結果がよくないことが多いのは どういうわけであろう。
 歴史上、著名な失敗例は豊臣秀吉であって、彼の場合、比較的早く脳の器官性変化にもとづくと思われる精神の異常が訪れ、甥の秀次一族を惨殺し、秀頼の行未を涙ながらに まったく信頼できそうもない相手に託して死ぬという みっともない幕切れになっている。

 最近では 毛沢東の晩年がそうである。彼の場合はさすがに 金日成のように社会主義国を家産国家化しようとまでしたわけではなかったが、晩年には身びいきが日立ったし、自分の敷いた路線に固執するあまり 「文化大革命」なるものを発動して、中国の知識人の大部分に塗炭の苦しみを味わわせたのに、その甲斐もなく、死後、未亡人の江青は逮捕されて死刑判決を下され、彼の指名した後継者の華国鋒は 失脚して自殺を企てたとさえ噂されている。
 こういう場合、むしろ彼らが長命であり、脳血管障箸(脳動脈硬化症)におちいってから、権力を握ったまま かなり長く生きたことこそが問題である。(略)

 脳血管障害型のほうは、ぼけが局部杓で、能力の一部、とりわけ対人関係を操作して生き残る能力は比較的よく保たれる上に、経過に波があり、一見はっきりしている時期があるために、そのまま権力を握りつづけることも多い。
 一方、こういう場合、「
性格特徴の尖鋭化」といって、倹約家はけちに、几帳面な人は回りくどくなり、一般に怒りやすく、疑い深くなるので、側近には彼の機嫌をとる専門家ばかりが集まってしまい、彼とその取り巻きをのぞいて、国全体、企業全体がその死を待って息をひそめて暮らすことになる。

 こうして、老いた権力者は いつの間にか憎まれる老人となっていて、彼の死後、息子や未亡人、取り巻きたちが人々の憎悪を一身にあびて 放逐されるということになるのである。(略)

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