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       権力者の心理学

 第一章 指導者の心理学
  
9 経営者の孤独と狂気

     「密室の決断」はどう危険か

 (略) わが国の場合は、アメリカのような厳しい罰則が 政治家や経済人に適用されることは ほとんどない。
 わが国の知議層の中で、法とモラルのはざまにある事件の際、厳格な体刑を適用されるのは もっぱら医師だけである。(略)

 とりわけ経営者の場合、狭義の「違法」のラインが厳しくないだけ、「法とモラルのはざま」の中間地帯で 決断を迫られることが多くなるのである。
 この場合、決断しなければならないことが日常的なことであればあるほど、その決定には多くの人々が参加し、フェイルセーフ(安全装置)が働くが、
重大で際どい決定ほど、それは少数の人々に委ねられ、フェイルセーフ的な歯止めが働かないというのが 稟議制度と会議の上に成りたっている日本の企業のおもしろいところ、または妙なところともいえるのであろう。

 こういう場合、重大な決定をするのに必要な情報が一人に集中していて、他の連中は疎外されるという構造になっていれば、決断は孤独の中においてなされざるをえない。
 経営者の孤独をいう人は、実は、そういう構造を自らつくりあげているのであり、オーナー型のワンマン企業が問題に巻きこまれることが多いように見えるのは、決定過程における
フィードバックのきかなさフェイルセーフの仕組みの作動しないことによっているのであろう。

 この場合、「密室での孤独な決断」に錯誤が生じやすいのは、心理学的にもその理由がある。つまり、
感覚遮断(センソリー・デプリベーション)とよばれる状況が、そこに起きるのである。
 アメリカのソロモンらの実験によると、正常な被験者に黒いゴーグルをかけて日隠しをして、防音室に入れ、ひどい場合には、足が底につかないように体温程度の湯につけておくと、たいてい数時間で幻覚状態におちいる。被暗示性も強くなるので 感覚遮断状態でアメリカの普通の大学生にテープを聴かせ、二週間でイスラム教を信じるようにさせた、という実験まである。(略)

 こういう状況と経営者の孤独と 共通するところがあるであろうか、と誰しも思うかもしれない。しかしやはり それは共通点があるのであり、
 @ 情報が遮断され 周囲とのフィードバックがきかなくなるので 主観的な「ヴィジョン」や「イメージ」、場合によっては「心配」や「悲観」が 独走してしまう。
 A 非日常的な時間と空間ができてしまい、利口な人でも、分別を失いがちになる。

 つまり、一般にいって、孤独の中で歯止めがないと、人は
狂気にいたるのである。

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