顕正会の崩壊は近い


浅井会長の実現不可能な「誇大妄想」を直視しよう!
 

 

      一万世帯達成奉告文


 謹んで末法下種の三宝尊前に敬い申し上げます。

 宗祖日蓮大聖人弘安五年十月十三日・武州池上に非滅の滅を現ぜられ給いてより、今に六百九十一年。本日此処に全妙信講員、信心の赤誠を以て御宝前を荘厳し、松本日仁尊能師の導師のもと、ただ御本仏の大慈大悲の御恩徳を仰ぎ、伏して御大会の御報恩の儀を厳修し奉るものでございます。
 而して本日の此の嘉き日に、仏祖三宝様に妙信講の再建以来の誓願一万世帯の弘通達成の御奉告を為し得ますこと、講員一同の喜こびこれに過ぐるものはございません。

 顧みますれば、妙信講は昭和三十二年八月、時の御法主日淳上人の御認承を給わってより、全講はただ『和党共二陣三陣と続きて迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にもこえよかし』の鳳詔を仰ぎ、一致団結して大法弘通に励んで参りました。然し乍ら三毒強盛の世に加えて我等の非力、弘通は遅々として進まず、漸く昭和三十八年に至り三千世帯を達成するに至りました。
 而して御金言に云く『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る、乃至随う可からず畏るべからず、之に随えば将に人をして悪道に向わしむ、之を畏れば正法を修するを妨ぐ等云云、此の釈は日蓮が身に当るのみならず、門家の明鏡なり、謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ』と。
 いかなることか三千達成の頃より、此の微弱の妙信講にも前途を阻む魔障紛然として競いおこり、まさに講中の命運も此処に尽きるかと思うばかりで御座いました。

 然るに不可思議にも此等の災厄を免がれ、厳として講中の命脈を持ち得ましたこと、まさに「暗きに燈、渡りに船」の御金言のまま、これ偏えに御本仏大聖人の御守護に係るものと深く拝し奉るものであります。
 而して、かかる時にも全講員の大法弘通の斗いは止むことなく、昭和四十一年には五千世帯を突破、同じく四十四年には七千世帯、そして本年十一月、遂に再建以来の宿願一万世帯を達成させて頂きました。此のこと本日、御宝前に謹みて御奉告申し上げるものでございます。

 さらに終生忘れ得ぬは、あの御遺命の正義を守るに当って、御本仏の下し給うた御裁断と御守護であります。
 思えば正系門家七百年の歴史に曾って見ぬあの謗法同座の聖人展、更に重大なる本門戒壇の御遺命の歪曲、まさに御本仏一期の御遺命の政治の濁流によって曲げられんとした時、その仏法の相異は御金言に照らして明々白々なるも、非力の我等には如何ともし難く、ただ身の仏法中怨の責めに当るを恐れ、因っておこる国土の衰乱を嘆くのみでございました。

 然るに事極まりて遂に御本仏の御裁断は下り給い、此処に御法主上人の御本意、宗門七百年の正義と伝統を辛うじて守護し得ましたこと只々感泣の他はございません。
 然し乍ら伏して御仏意を拝し奉るに、なお深く恐れを感ぜざるを得ません、歪曲は辛うじて訂正されるとも御遺命の国立戒壇は未だ建立されず、而もその声、全く一国に絶えております。

 されば大聖人の御遺命を奉じ、我等法華講衆の末流として本日より誓いを新たにし、「未だ広宣流布せざる間は身命を捨てて随力弘通を致すべきこと」の遺誠を胸に死身弘法を堅く誓い奉るものであります。
 願わくば御本仏大聖人哀憫納受を垂れ給い、我等弘通の誓願を容れ給い御守護を賜わらんこと、恐々として願い奉るものであります。

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