冨士大石寺顕正会の基礎知識


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顕正新聞 平成十五年六月五日号

百万への中盤戦迎え勇気凛々
     六年前とは様変わりの極東情勢
     
一国諌暁の重大使命に奮い立つ

          
浅井先生の講演

 先生は開口一番 「
いよいよ大事な本年の中盤六月・七月法戦を迎えた。私はこの中盤の法戦で、本年の百万は決すると思っている。そこでまず六月、誓願は一万二千と定め、これを大きく突破して、なんとしても百万までの残りを三万台にまで持っていきたい」と大号令を下された。

 ついで先生は今回の典礼院落成について 「
この典礼院建設も、広宣流布を力強く進める態勢の一環として成されたものである。…… 信心だけで亡き同志を追善回向してくれる清浄なる儀礼室はすでにあり、さらにいま日本一の納骨堂が完成した。もう後顧の憂いは一切ない。まさしく大聖人様が手を引いて下さり、広宣流布に戦う顕正会に、時に適った道を開いて下さったものと、私は拝している」と述べられたのち、葬儀・戒名・塔婆等を商売道具とするごとき宗門僧侶の実態と対比して、富士大石寺の清き源流に立ち還り御奉公が叶う顕正会の崇高な立場を示されたが、全員が言葉に尽くせぬ有難さを覚えた。

 ついで先生は、秋田県北に鷹巣事務所を建設する構想を発表されたのち、天魔その身に入りし池田大作の直近の動向について言及。卑しき己を偉く見せようと、大聖人の大恩徳を軽んじ蔑り“自分が世界広布を実現したのだ”などと大慢心の極にいた池田が、突如として倒れたあげく、自らの会長就任記念たる五月三日に出られなくなったことを挙げて 「
これは凶兆である。まさしく、創価学会の終わりがここに始まったというべきである。大聖人様は四条抄に『吾が一門の人々の中にも、信心もうすく日蓮が申す事を背き給はば蘇我が如くなるベし』と。いまその亡びが、いよいよ始まって来たのである」と強々と叫ばれた。
  --- すでに四月度総幹部会で先生が、大慢心の池田を「無間大城」と断ぜられていただけに、これを聞いた全幹部は息をのみ、池田創価学会の崩壊近しを肌身で感じた。

 さらに先生は 「
六年前の平成九年、大彗星の出現を見て私は第一回の一国諌暁を行った。そのとき『大地震ののち、他国侵逼は必ず事相となる』と言い切らせて頂いた。当時、日本の人々の誰一人として、他国侵逼をまことに受け止める者はいなかった。みんなこの諌暁書を無視し嘲笑した。しかし六年後の今日、状況は一変して来た」として、日本が戦争に巻き込まれる危険性を世界的な軍事専門家の大半が危惧しているというアンケート結果や、北朝鮮の人質と化している日本の現状を挙げて、諸天が動くならば情勢は一変することを指摘されるとともに、明年の一国諌暁の大事を烈々と叫ばれ、
 最後に「
大事の百万を前にして、いま三災七難は日ごと月ごとにその色を増しつつあるが、その中に広宣流布はしんしんと進む。いかなる三災七難も、顕正会の百万を妨げることは絶対にできない。さあ中盤の六月、共に励まし明るく弾む空気のなか、一万二千の大折伏、断じて成し遂げていこうではないか」と力強く結ばれた。

 先生の烈々たる指導に、場内には歓喜と確信と決意がうず巻き、万雷のごとき大拍手が長いあいだ鳴り響いた。




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