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顕正新聞 平成十一年十二月五日号
六十八万法城ついに厳然屹立
十一月の弘通、画期の一万超
新「折伏理論書」発刊に感動渦まく
六十八万法城ついに成る
--- 十一月二十九日、川口総合文化センターで開催された総幹部会は、この大歓喜で沸き立った。
この日、全国から馳せ参じた幹部は班長以上の三千八百余名、場内は冒頭から熱気がみなぎる。
そのなか矢島総務が「十一月度折伏成果は、ひと月法戦としては顕正会始まって以来の実に一万六九七名。ここに美事、六十八方法城は厳然と吃立いたしました」と発表すると、満場は一瞬息をのみ、同時に万雷のごとき大拍手が響きわたった。
最後、浅井先生は、ひと月に一万を超す期を画する大折伏を以て六十八万法城を成し遂げた全顕正会員の弘通の赤誠を心から称えられたのち、日蓮大聖人の御遺命の正義と二十八年にわたる御遺命守護の戦いの顛末を記し留めた新「折伏理論書」の重大意義について述べられた。
さらに先生は「いよいよ『河辺メモ』について、阿部管長に問い糺すべき時がきた。---
『川辺メモ』が本年七月、突如流出したというのも諸天の働きである。二冊の悪書を書いて御本仏に弓を引き、今なお国立戒壇を否定している阿部管長を大聖人様はもうお許しにならず、その醜き正体を白日の下に曝して見せて下さったのである。この大聖人様の御意を体し、私は筆を執ろうと思っている」と、六十八万の死身弘法を背景に阿部管長の糾問に立たれることを気魄をこめて叫ばれた。
そして最後に「六十八万の目標は、三年後の百万から逆算して立てた厳しいものであった。しかるに一分の狂いもなくこれを成し得たということは、三年後の百万は断じて成るの確証である。三年後、濁悪の日本国の中に、御本仏の御遺命を奉じて立つ百万の仏弟子の大集団が出現する意義の重大さは、とうてい言葉を以て表わせない」と烈々と指導された。 |
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