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        御遺命守護の大闘争の足跡
                              編集部
     一、仏法が曲がれば国が亡ぶ
             立正安国こそ大聖大の御精神


        (
仏法違背の人の言は悉く虚妄

 仏法は観念の遊戯ではない。その消長は一国の運命にかかわる。

 大聖人様は、「
仏法は体のごとし、世間はかげのごとし。体曲れば影ななめなり」、「仏法漸く傾倒しぬれば世間も又濁乱せり」と、又・神国王御書に「王法の曲がるは小波・小風のごとし、大国と大人をば失いがたし。仏法の失あるは大風・大波の小船をやぶるがごとし、国のやぶるる事疑いなし」と。
 仏法の誤り・歪曲こそ、破国の因なることを明かされている。

 今・学会と阿諛の宗務当局は、政治選挙のため破邪・立正安国の大聖人の御精神を悉く踏みにじり、政治進出・票田獲得のために日興上人の身延御離山の御精神たる謗法禁断の厳義は一切捨てられ、更に世間に抵抗のある国立戒壇の御遣命は抹殺されたのである。
 見よ、「
今やすでに広宣流布」「大聖大御遺命の戒壇」「宗門七百年の悲願成就」と、欺瞞と大誑惑の正本堂落慶以来、僅か二年後の日本・そして世界の現実を。
 池田大作は、「
これで立正は成就」と断言した。立正成就なら、安国たるは必然である。だが今の日本は政治不安・日本経済の崩壊の兆に加えて、異常気象による世界的食糧危機、世界恐慌も目前であり、核拡散による世界動乱も虚言でなく、更に毎日の生活の中に大地震の恐怖は誰人も否定出来ないではないか。

 彼は、今から五年前当時の高度成長の謳歌の中で、「
六十年代で日本社会における出るべき問題は出尽した。七十年代にこれ以上の新しい事態はない」と、高言して憚らなかった。
 これ全て、正本堂即御遺命の事の戒壇との理論の背景から、言ったのであろう。所詮、仏法違背の人の言は、悉く虚妄となる。

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