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土木殿御返事講義
( 伝教大師の御本意の円宗 )
「 伝教大師の御本意の円宗を日本に弘めんとす 」
(略)
伝教大師も、迹門の法華経を流布させて、究極においては、迹門の戒壇の建立をしたわけです。国家鎮護の戒壇を建立したわけです。
伝教大師も日本の国を救おうとして、その像法の時代にあった仏法において、それを流布し、戒壇の建立をしているではありませんか。
同じく、仏の本意は同じである。末法には、日蓮大聖人様の南無妙法蓮華経の仏法を流布して、その時代にあった戒壇の建立を、末法の本門戒壇建立をしなくてはならないのです。
(句読・改行等、便の為に当サイトにて添加)
これは、昭和三十六年の講義ですが、ここではもはや「末法の本門戒壇建立」とは言っても、あれほど「唯一の大目的」と繰り返した国立戒壇の言葉はもはや登場することはなくなりました。
会長職を継いで一年、戸田門下の有力幹部を都議会や参議院に転出させて創価学会を思いのままに牛耳るための基盤はもはや盤石。さんざん利用した国士訓も青年訓も、もはや用はなしというところでありましょう。
会長就任時の、「あくまでも学会員の小使いみたいな立場」やら「前会長の思想を実践だけしていく立場の会長」やら「変わったことはなんにもありませんし、変わることもありません」などと、猫をかぶっている必要は、もはやないことでありました。
(
平成十四年一月三日、櫻川 記 )
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