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これでも池田大作を信ずるか -- 創価学会の友に訴える --
序章 はじめに
昭和三十九年六月のある日、東京池袋にある常在寺で御授戒をうけ、私は、日蓮正宗の信徒となった。私を折伏してくれたのが創価学会の人だったので、同時に創価学会会員にもなったわけである。いまにも雨の降りだしそうな、昼間から暗い日であったと記憶している。(略)
その大恩ある創価学会の在り方が、おかしくなってきたのはいつごろからであろうか。(略)昭和四十五年、あの言論弾圧・出版妨害事件のころか? いやあのときは、一種の法難意識の方が強く、世間の集注攻撃から学会組織を守らなければ、という気持ちでいっばいだった。(略)
いつごろからかはわからないが、このように抱いてきた潜在的な疑問が、私自身のなかで顕在化したのはつい最近のことである。(略)
私は知り得た事実のなかから、そのような事実の数例を挙げて、組織末端の創価学会同志と考えてみたかった。訴えたかった。そして大恩ある創価学会に、日蓮正宗信徒の集団としての本来の姿に戻ってもらうよう、ともに努力したいのである。単行本というような、組織外部の人にまで創価学会の内緒事が知られてしまう手段に訴えなくとも、という声も出るだろう。
しかし、組織内部の直接的な接触のある人々にだけ訴えるということがどのような結果しか得られないかは、創価学会員ならば、過去の経験から察しがつくだろう。
私のこのような行為は、大恩ある創価学会への背信とみられるかもしれない。だが大恩あるゆえに、苦言を敢えてすることも必要なのではないだろうか。創価学会が、その巨大さゆえに、即日蓮正宗と世間に見られがちな現在であるからこそ、とくにこのような苦言も必要なのではないだろうか。(略)
御金言に微衷をなぞらうこと、まことに畏れ多いが、一般創価学会員である同志諸君、創価学会を私達自身の創価学会たらしむるために、私の告発する創価学会のこの現実を直視して欲しい。
( 句読・改行等、便の為に当サイトにて添加
)
下山正行氏はここで、「創価学会の在り方が、おかしくなってきたのはいつごろからであろうか」と、自問自答しています。
創価学会の唯一の大目的がいつのまにか消えてなくなっても、ほとんどの創価学会員諸氏たちはそうと自覚することもなく、唯々諾々と池田会長の指導に就き従ったのでした。
しかし創価学会員の中にも、こうして下山氏のようにその変化に気付き、重大な決意と道念を発して一書をしたため問うた人がいたということは、創価学会の名誉のため記憶に留めておきましょう。
その後・創価学会員の中から、さまざまな立場での批判や内部告発の書が登場することになるのでしたが、下山氏のこの「創価学会の友に訴える」とした問題提起は、最も初期のものでありました。
(
平成十四年五月七日、櫻川 記 )
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