冨士大石寺顕正会の基礎知識


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顕正新聞 平成十五年六月十五日号


     「四条金吾殿御返事」講義行わる
     
「大聖人の賞罰により広布は成る」

 先生は本文の講義に先立って 「
四条殿・池上殿・上野殿等の門下の有力信者に対して、建治三年ごろ、なにゆえ理不尽な迫害が次々と加えられたのかと言えば、その背景には、御本仏の御化導を妨げんとする邪僧・良観の卑劣な謀略があった。しかしこのことを一重深く見るならば、良観の策謀は却って試練となり、門下一同に大聖人に南無し奉る不惜身命の信心がみなぎり、大聖人の出世の本懐成就に対し奉る、弟子一同の『唯願説之』となったのである」と述べられた。

   本抄の大意

 ついで先生は 本抄の大意について 「
三大秘法が弘まるときには厳然たる賞罰がある。すなわち、仏様に敵対する者は必ず亡び、お味方申し上げる者は必ず勝つ。このことを、釈迦仏法が日本に伝来したときの賞罰を先例として御教示下さり、以て四条金吾殿に大確信を与え給うた御書である」と。

   本文講義

 ついで講義は本文に入り、一気呵成に進められた。
 第一段は、仏法は仏様の賞罰の力で広まり、その仏様に種脱の勝劣があることをお示し下された段。
 第二段は、釈迦仏法伝来時の賞罰を示された段。その御意は、釈迦仏法においてすら賞罰かくのごとし、いかにいわんや下種の御本仏日蓮大聖人の賞罰においてをやというところにある。
 釈迦仏法伝来時の賞罰とは --- 釈尊の仏法が初めて日本に渡ってきたとき、大豪族の物部氏が猛烈に反対し、天皇も物部に引きずられて仏法を用いなかった。その中に、生まれながらにして仏法に大宿縁を持った聖徳太子が出現され、蘇我氏とともに物部守屋と戦い、三度負けたが四度目についに勝ち、ここに初めて日本に仏法が確立された。この間、釈迦仏に敵対した三人の天皇と二人の臣下は、罰を受けて身を亡ぼし悪道に堕した。

 第三段は、末法における日蓮大聖人の賞罰。すなわち下種御本仏に敵対すれば「
今の代の滅せん事、又疑ひなかるべし」と深意を仰せられている。また門下といえども、大聖人に背き奉れば、必ず身を亡ぽすということをお示し下されている。
 最後の段は“魔の謀詔を見抜き、肚を決めきって大難に打ち勝て”と、四条殿へのお励ましと用心を促し給うた段。
  --- これら数々の有難く重大な御指南が示された一段一段を、先生は明快に、そして気魄をこめて講ぜられた。受講者全員は時の経つのも忘れて身じろぎもせず聞き入り、場内には名状しがたい感動がうず巻く。

 ことに五月度総幹部会において「世界広布は自分がやった、自分が出現しなければ御書もウソ」との大慢心とたばかりで、五月三日の会長就任記念を飾ろうとしていた池田大作が、ついに倒れてこの日を欠席、いよいよ池田創価学会の崩壊が始まってきたことをお聞きしていただけに、なおいっそう「
吾が一門の人々の中にも、信心もうすく日蓮が申す事を背き給はば蘇我が如くなるべし」との大聖人の御意が全員の命に深く染み入った。
 また釈迦仏法が日本に渡来した時の賞罰を示された段で先生は、観音菩薩の垂迹・南岳大師の後身として日本に出現し、日蓮大聖人の仏法の露払いをした聖徳太子について、感動的な指導をされた。

 講義の結びに先生は 「
釈迦仏は賞罰たゞしき仏なり』との御文は、いま私たちの立場から拝するならば、『日蓮大聖人こそ賞罰正しき仏様であられる』ということである。このこと、私は御遺命守護の戦いを通して肌身で味わっている」と述べられ、最後に次のように結ばれた。
 「
いよいよ明年から一国諌暁が始まる。日本の多くの人々は諌暁書を見ても、ますます大聖人様を軽んじ、顕正会を憎むであろう。私は、それでもいいと思っている。わかってもらおうとは思わない。慢心している凡夫の小さな頭では仏法はわからない。しかし、顕正会の言う通りになったらどうする。一国に大罰があらわれるとき、始めて日本の人々に『日蓮によりて日本国の有無はあるべし』の仰せが、大聖人様の重き重き御存在が、胸に刻まれ、このとき始めて、一同して手を合わせ、南無妙法蓮華経と唱え奉る時が来る。
 今後、三災七難は月々日々に激しくなってくるであろう。すでに大地動乱は始まり出した。その中にしんしんと折伏は進む。早く百万を達成して、一国諌暁に立ち、大聖人様に応え奉ろうではないか
」と。




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