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顕正新聞 平成十五年十月二十五日号
御入滅七二二年の御大会式 厳修
御本仏の入滅偲び奉り紅涙したたる
御付嘱状の二意守り奉るは顕正会のみ
浅井会長講演 (趣意)
勤行ののち、浅井先生より御大会式にちなみ 約四十五分間にわたる重大な講演が行われた。
先生はまず、御大会式を迎えてのご心情を 次のごとく述べられた。
「本年は 顕正会の死身弘法が百万に達するの年、そしてまた明年に大事の一国諌暁を控える年であれば、ことさら御入滅を偲び奉って 御報恩の思いと決意、新たにするものである。
そしてまた 広宣流布はもう最終段階であれば、今後、一年一年の御大会式において、私は具さに大聖人様に、宗門の現状と日本国の傾きと世界の情勢を言上申し上げ、広宣流布のその日まで
一筋の御奉公を尽し切らんと決意するものである」と。
御入滅に至るご尊容
ついで先生は、身延に御入山されてより 徐々に衰老あそばす大聖人のお姿を偲び奉った。
この身延における九ヶ年において、膨大なる御書の御述作、出世の本懐たる本門戒壇の大御本尊の建立、日興上人への御付嘱・御遺命等、衰老の御身を顧みずに一切衆生のために大慈大悲の御化導があられたことを
先生は情感こめて指導されるとともに、弘安五年九月八日、身延を出山され、同年十月十三日に武州池上において
安詳として御入減あそばされた大聖人のご尊容を、一語一語かみしめるように述べられた。
そして 「御入滅と同時に、大聖人の仰せのごとくに 大地はゆらゆらと揺れ動いた。またこのとき、初冬というのに
池上邸の庭の桜が一斉に咲き乱れた。まさに天地法界をあげて 御本仏の入滅を悲しみ奉り、その瑞を願わしたのである。
ここに久遠元初の自受用身・末法下種の主師親・大慈大悲の御本仏は、御化導の一切を終えられて、御入滅の相を現じ給うたのである。この御一代三十年にわたる、流罪・死罪を忍び給うての大慈大悲をを拝し奉れば、ただただ涙が込み上げてくる」と。
あたかも御本仏の御入滅を 眼前に拝するごとき先生の切々たる指導に、場内にはすすり泣きの声が洩れた。
一期弘法付嘱書
ついで先生は 「一期弘法付嘱書」を拝読された。(略) そして次のごとく述べられた。
「この御付嘱状は まことに短いわずか数行の御文であるが、最も重要なる御書である。まさに大聖人
一代三十年の御化導の枢要を一文に括って、八十六文字とせられた。
よって御文の中に、下種仏法の枢要たる 仏・法・僧の三宝と、三大秘法がはっきりと顕われている」
仏・法・僧の三宝
「まず仏・法・僧の三宝についていえば 始めの『日蓮』との仰せは、下種の御本仏を顕わすものであるから仏宝。次に『一期の弘法』とは、これ出世の御本懐たる戒壇の大御本尊の御事であるから法宝。
次に『白蓮阿闍梨日興』とは、大聖人の仏法を万年にお伝え下さる僧宝を顕わす。ここに末法下種の三宝は顕然である」
三大秘法も顕然
「また三大秘法についていえば 『日蓮一期の弘法』とは 戒壇の大御本尊の御事であるから本門の本尊。次の『本門弘通』とは、この御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱えよ と弘通するのであるから、所弘に約して本門の題目である。また『国主此の法を立てらるれば』以下は、文字通り本門の戒壇である。三大秘法これまた顕然である。
このように、わずか八十六文字の中に、下種仏法の枢要が すべて宣示顕説されている。まさにこの御付嘱状こそ 一代御化導を八十六文字に括られた重要なる御文である」
付嘱と御遣命
「では、この御文の意を拝し奉る。御文は大きく二段に分かれている。始めの一段は、戒壇の大御本尊を日興上人に付嘱し、本門弘通の大導師に任じ給うたことが示されている。次の一段は、広宣流布の時至らば
必ず国立戒壇を建立せよ、との御命令である。
まさしく戒壇の大御本尊の付嘱と、国立戒壇建立の御遺命。この二つこそが 御付嘱状の御意なのである。まことに簡にして 要が尽くされている。この日興上人への別付嘱たる、戒壇の大御本尊と、国立戒壇建立の御遺命こそ、富士大石寺七百年の歴史を貫く命であり、魂なのである」
学会・宗門は御付嘱状に違背
さらに先生は 「この二つの大事は 富士大石寺以外は知らない。富士大石寺だけが 七百年来このことを公言し称揚してきた」として、身延派等の不相伝の輩の「戒壇の大御本尊」への怨嫉と、近年、正系門家の中から起きてきた 「国立戒壇」への怨嫉について言及されたうえで、強々と叫ばれた。
「今の学会・宗門は、共に御付嘱状の 二つの大事に背いている。すなわち池田大作は
『板曼茶羅に偏狭にこだわらない』などという謗言を吐いて、それを機関紙『聖教新開』に載せている。また阿部管長は『河辺メモ』のことといい、御開扉を営利のために行っていることといい、これまた戒壇の大御本尊への信心がない。
そしてこの二人は 共に国立戒壇を否定している。まさしく 『我が門弟等此の状を守るべきなり』と誡められた 重き御付嘱状に背いているのである」
「冨士大石寺…」の大標識を
「ここにいま 日本国の中において、日興上人・日目上人の御心のまま、富士大石寺の清らかなる精神に立って戦っているのは、もう顕正会以外にはない。ゆえに顕正会は
『冨士大石寺』の名を冠して 戦っているのである。この顕正会が、いよいよ十一月には、百万という歴史的な段階に突入する。もう名実共に
日本国の中の顕正会である。日本国をゆさぶる実力を持つ 地涌の菩薩の大集団、日蓮大聖人の大恩徳を日本国に教え顕わす
唯一の仏弟子の大集団である。
私は百万達成の十一月末に、青年会館前の広場に 『冨士大石寺顕正会本部』と大書した
七メートルの大標識を立てようと思っている。これは“日蓮大聖人の大恩徳を一国に顕わす顕正会ここにあり”との思いからである」
戒壇の大御本尊を無二と信じ奉り、国立戒壇の御遺命を見つめて戦う顕正会員にとって、「一期弘法付嘱書」についての先生の重大指導は命に湊みて有難く、場内には “もう顕正会以外にはない”
“冨士大石寺の名を冠して戦えることが何と有難いことか” との確信と歓喜がうず巻いた。
滅後に戒壇建立の御聖意
ついで先生は、大聖人が国立戒壇建立を 御在世に実現し給わず、敢えて滅後にこれを実現せしむるべく
遺命せられた甚深の御聖意について、次のごときご見解を示された。
「謹んで案ずるに、これはただ 『令法久住』 (法をして久しく住せしむる)のためと、拝し奉る。すなわち大聖人様は、御在世においては絶大威力を以て
逆縁の広宣流布をあそばし、そしてまた末法濁悪の未来には、再び絶大威力を以て
日本国一同に南無妙法蓮華経と唱えしむる 順縁広布を実現下さるのである。この在世・滅後、順逆二重の広宣流布によって、三大秘法は末法万年尽未来際まで
常住するのである」
大聖人に背けば日本は必ず亡ぶ
さらに先生は 御在世に二度の蒙古の責めがあった深意について、寿量品の 「爾時世尊・欲重宣此義・而説偈言」 (爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく)の経文を引いて 重々の指導をされたのち、最後に次のように力強く結ばれた。
「大事の義というのは、必ず重ねて説かれる。ここに大聖人様は 諸天に申し付けて、二度の蒙古の責めを現じ給うたのである。これは何を教え給うたのかといえば、実に
『日蓮によりて日本国の有無はあるべし』 すなわち大聖人様に背くならば 日本は必ず亡びることを、教えて下さったのである。
このことが いかに重大事か。これこそ人本尊開顕の重書たる 開目抄の御主旨である。このことを、蒙古の責めという他国侵逼の大現証を以て、日本一同に教えて下さった。これが御在世の逆縁広布である。
そして末法濁悪の未来には、今度はこのことが、全日本人に心魂に徹してわかる時が来る。これが順縁広宣流布である。すなわち末法濁悪の未来に 一閻浮提の大闘諍が起こる。そして国まさに亡びんとするとき、全日本人は、それまで顕正会の諌暁によって耳にしていた 日蓮大聖人の重き御存在に初めて目ざめ、国の亡ぶ恐ろしさから、みな掌を合わせて、『南無日蓮大聖人』『南無妙法蓮華経』と 声をつるべて唱え奉るに至る。
そして全国民のこの恋慕渇仰の中に、勅宣・御教書は申し下され、御遺命のままの国立戒壇が建立されるのである。すべては大聖人様の
絶大威力によって成されるのである。
そしてこの大仏事をお手伝い申し上げるのが、御遺命を守り奉り、いま死身弘法
百万に達せんとする、この顕正会なのである。
顕正会百万が一結して 『日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ』と 全日本人を諌暁するとき、必ず一国にしるしが顕われてくる。この大事の御奉公をする礎となる百万の成就も、いよいよ眼前である。本日の御大会式を機として、いよいよ大聖人様への大事な御奉公を、一同、固く誓い奉ろうではないか」
先生の熱烈の講演は 全参列者の魂を揺さぶり、深い感動と報恩の赤誠みなぎるなか、全員が御遺命実現への新たな決意を固めた。かくて御大会式のすべては 三時三十分に終了した。
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