冨士大石寺顕正会の基礎知識


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   「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む

 発刊 まえがき

   ( 二度までも「正本堂の欺瞞」を訂正せしむ

 そして俄に、大石寺の境内のはずれに「正本堂」なるものを建て、これを「御遺命の戒壇」と偽称したのであった。未だ広宣流布も達成せぬうちに、御遺命の戒壇が建つはずもない。これは三歳の童子にもわかる通理である。
 だが、この天を地といい、東を西というごときたばかりが、池田に諂う「時の法主」細井日達管長の絶対権威と、同じく宗務院教学部長・阿部信雄(現・日顕管長)の巧妙なる詭弁によって成功したのである。

 そのさまは報恩抄の「
例せば、国の長とある人、東を西と言い天を地と言い出しぬれば、万民はかくのごとくに心うべし。後に卑しき者出来して、汝等が西は東、汝等が天は地なりといはば、用うることなき上、我が長の心に叶わんがために、今の人を罵り打ちなんどすべし」の仰せのままであった。
 宗門において誰人も背けぬ「法主」と、八百万学会を率いる権力者・池田大作の言うことであれば、全信徒はこのたばかりを信じた。かくて「国立戒壇」は邪義として抛たれ、民衆立戒壇とて「正本堂」が全僧侶・全信徒に讃嘆されたのであった。

 この御遺命破壊の大悪を見て、もし黙止すれば、御本仏大聖人への大不忠となる ---。このことを恐れて、私は昭和四十五年三月、御遺命守護の御奉公に立ち上がった。以来、連々たる激しい諌暁・論判が続けられた。四条抄に云く「
仏法と申すは道理なり、道理と申すは主に勝つ物なり」と。
 いかなる権威・権力も、正しい道理には勝てない。必死の強諌はついに権威と権力を打ち破った。その結果、学会・宗門は正本堂の落成式までに、二度も正本堂の欺瞞を訂正し、今後の誑惑なきを誓ったのであった。



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