|
国立戒壇論の誤りについて
四、国立戒壇論における国家観の誤謬
( 大聖人の仰せられる“王法”とは何か )
まず、王法が即ち国家の統治主権なりとの主張は、何の根拠もない独断であると共に、政治学上の概念である統治主権という言葉の理解が足りないようである。
そもそも王法という言葉が、当時いかなる概念をあらわすものとして用いられたか。
一つには公の儀礼(有職故実がその作法として知られる)を指す言葉として用いられたとする歴史学者の考証がある。その真ぴょう性については、ともかく、もしそうだとすれば儀礼というものの本質精神は、それによって、行なう者の姿勢や心がまえ、或いは人格や道義の高さを表にあらわすためのものである。ここに王法即ち儀礼というときは、単に形式だけではなく、この本質精神をもふくんでのことであろうと思われる。
仏典上は、印度弥勒菩薩造とされる唐玄契訳の「王法正理論」の題号等にみられるように、王自身が踏むべき道、いわゆる“王道”を意味するものとして用いられている例がある。(“王道思想”は東洋独特のものであり、西欧に発達した近代国家の場面で用いられる“主権概念”とはまったく別個の思想のものである)
他宗ではあるが、真宗の蓮如の唱えた「王法為本」の王法とは、王の為す政治内容という意味で用いられている。
それでは、肝心の大聖人の仰せられる“王法”とは何であろうか。しばらく他の御書の御文によって、王法という言葉がどのような意味に用いられているかを拝してみよう。
「王法に背き奉り民の下知に随う者は師子王が野狐に乗せられて東西南北に馳走するが如し」(富城入道殿御返事)(全九九四) 右文の王法とは、一応王の発する命令、法令であると解されるが、命令、法令を発することは即ち政治の枢要な行為であり、つまりは王の行なう政治というようにも解釈できる。
「王法と申すは賞罰を本とせり」(四条金吾殿御返事)(全一一六五) 右の文は、王の行なう統治の原理の本質について述べ給うところである。つまり、この王法とは、具体的な命令や法令より一歩立ち入った、その根底にある基本原理と拝される。
「夫れ仏法は王法の崇尊に依って威を増し王法は仏法の擁護に依って長久す」(四十九院申状)(全八四九) 右文では、王法とは、個人ではなく、支配体制としての政権の担当者を指されている。
「王法の栄へは山の悦び、王位の衰へは山の欺きと見えしに、既に世、関東に移りし事なにとか思食しけん」(祈祷抄)(全一三五三) ここで王法とは、平安時代の政権の主体者として、具体的に、京都の皇室を指されている。(山とは、山家=天台宗のことである)
「王法の曲るは小波、小風のごとし、大国と大人をば失いがたし」(神国王御書)(全一五二一) ここで王法とは、政道とでもいえようか、王の行なう政治の基本姿勢、政治原理である。
以上見たところを整理すると、“王法”は二通りの意味に用いられているといってよい。
第一は、文字通り、王の法であり、王のなす政治内容という意味である。それは、権力主体者の発する法令(治世の命令)という具体的な側面から政治の基本姿勢、原理という理念的側面までをふくむものとして用いられている。
第二は、王そのもの、つまり、国家の最高権力者の意味に用いられている。当時の日本では、それは皇室、或いは皇室を中心とした支配体制であったことから、皇室と同義に転用されている場合もある。
阿部教学部長は いったんは“有職故実”などを持ち出し、「王法」を“政治的概念”からなんとか遠ざけようとしました。
しかし大聖人の用いられた文例をこうして列挙してみれば、大聖人は “王法”を二通りの意味に用いられ、一つは理念的・具体的側面を含む「王のなす政治内容」であり、二つには「王そのもの」「国家の最高権力者」であり「皇室と同義」の用例もある、と結論せざるを得なかったのでした。
この「王法」の意義内容は、「国家の統治に関わる諸概念」であり、「王の威光勢力すなわち国主の統治権・国家権力・政治・国法等を意味する」という顕正会の了解と、ほとんど異なるところはありません。
「他義をまじえず、あくまで大聖人の御真意」を拝するならば、いかな阿部教学部長とてもこのような結論となること、蓋し当然でありましょう。
しかるに、この章の最後の段において阿部教学部長は、「王法イコール政治をふくむ
あらゆる社会生活の原理」だ、と大胆にも言い切ってしまうのでした。“イコール”とは、それ以上でもそれ以下でもなく・まったく等しい、という意味でありましょうに。
さてそれでは、大聖人が用いられた「王法」に対してどのように「他義をまじえ」れば、ついに「政治内容」や「国家の最高権力者」から離れて、曖昧模糊たる「あらゆる社会生活の原理」に帰着するのでしょうか。その誑惑の“苦心の数々”を、追って見て行くこととしましょう。
( 平成十五年二月六日、櫻川
記 )
戻る 次
|
|
|