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組織犯罪の責任免罪するもの --- 「聖教新開」の判決非難に反論する
法律家らしくない態度
「聖教新聞」に意見を発表した法律家の人たちは、これらの判断を「勝手な独断」というのであろうか。
また四人の人たちは、共犯者の一人である山崎被告の供述はすべて出鱈目で信用できないという点で共通しているが、同人が犯行当時、創価学会の副理事長という有力な活動的幹部であったこと、北条氏はじめ創価学会の最高幹部も同人を池田氏側近としてきわめて重用していたという事実を、どのように考えているのだろうか。
また、北条氏の関与だけを抹殺すれば、創価学会が助かるとでも思っているのだろうか。
本件は北条氏が創価学会の責任を負う代表的人物として、直接関与しているという点で浮きぼりになっているが、そしてこのことはきわめて重要であるが、ただそれだけが創価学会の負うべき責任の有無を判断する唯一の根拠となっているのではない、という点に思いを致さないのはなぜだろうか。法律家らしくない態度というべきだろう。
( 「赤旗」、一九八五年五月二日
)
(句読・改行等、便の為に当サイトにて添加)
「法律家らしくない態度」と、赤旗紙で呼ばれた聖教紙登場の四人の法律家たちは、「無理にこじつけ」やら「勝手な独断と推測」やら「安易に速断」やら「人権にかかわる重大問題」やらと、無理めの<判決攻撃キャンペーン>を展開したのでしたが、これはむしろ意に反してさせられていたのでありましょう。
例の、証拠採用された常泉寺傍受録音事件の実行犯は、して良いことと悪いことの分別の充分つくはずのいい大人にして、かつ法律の現役のプロである桐ヶ谷章弁護士・八尋頼雄弁護士・神崎武法検事(いずれも当時)たちであったことでした。まことにこれ、「法律家らしくない恥ずべき・卑しい犯罪行為」でありました。
しかしこれとても、かれらが望んで行った忌むベき・陰湿な非行などではもとよりなく、できればやりたくもないことだったでしょうし、その意に反してさせられたことだったのかもしれません。
こうして現職の弁護士・検事までもが、教団上層部からの指示には逆うことあたわずして良心をかなぐり捨てることとなり、さらには職業倫理に反する・もとるという大きな心理的抵抗・葛藤までもついには乗りこえ、その一線を越えてしまったことでした。
宗教指導者の命とあらばもだし難く、れっきとした悪質・卑劣な犯罪行為を現職の弁護士・検事が実行してしまうこの創価学会という宗教教団のエートスは、「陰湿な反民主主義的体質」どころかその反社会性のレベルにおいて、むしろかのオウム真理教をすら上回るとみることができましょう。
しかして、その反社会性のレベルの実態はむしろ、それ以上だったのかもしれません。かれら現職の弁護士・検事たちは、単に盗聴・傍受・録音を実行しただけでなく、妙信講と創価学会の対論内容をただちに分析して問題点を指摘することにこそ、その役割の主眼があったのでした。
その対策プロジェクトには、妙信講との対論の矢面に立った秋谷副会長・原島教学部長・山崎副理事長(当時)の三人をはじめとして、創価学会の当時の有能にして選りすぐりの最高幹部が全力で取り組んだことであって、桐ヶ谷・神崎等の現職の弁護士・検事の法曹テクノクラートたちはむしろその役割をまっとうするため、自ら進んで分析に必要な情報収集のための盗聴・傍受を申し出たことだった、のかもしれません。
(
平成十四年一月十四日、櫻川 記 )
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