顕正会の崩壊は近い


浅井会長の実現不可能な「誇大妄想」を直視しよう!
 

 

      顕正会のタイムテーブル part4


 令和7年(2025年)、浅井昭衛前会長逝去後の "顕正会のタイムテーブル" を、検証してみよう。
 
 平成25年 (2013年)、「顕正会のタイムテーブル」を記した。そのとき建白書の「『近き広宣流布・国立戒壇』という文言を、三たび使った。… 六千万は必ず成る。この確信のゆえに、敢えて『近き』『近き』『近き』と三度、繰り返したのであります」(平成24年8月)を紹介した。グラフから 300万は22年後の、平成47年(2035年)と推定した。

 平成30年 (2018年)、「顕正会のタイムテーブル part2」では、「300万達成は、14年後の2032年 (会長101歳)」と記した。7月、顕正会は200万の名目会員を達成した。
 令和5年(2023年)、「顕正会のタイムテーブル part3」で、"300万達成は7年後の2030年 (会長99歳)" と推定し、「白寿となる浅井昭衛会長が健在である可能性は極めて低い」と述べた。
 
 さて 令和7年(2025年)、今回の「顕正会のタイムテーブル part4」では、"300万達成" は 17年後の令和24年(2042年)と大幅に後退、失速は誰の目にもあきらかだろう。
 
 かつて、「近い将来、高齢(81歳)の全権会長が総幹部会に登壇不能となったなら、顕正会はそのエンジンと頭脳を失ってしまう。顕正会はたちまちにして、脳死・心肺停止状態に陥るだろう」(顕正会の崩壊は歴史の必然)と述べた。
 しかし、家元制度のように巧みに顕正会を次男が継承し、ただちに脳死・心肺停止にはならなかったが、そのエンジンと頭脳は前会長の劣化版でしかない。よって、"300万達成" は大幅に後退して令和24年(2042年)へと遠のき、現役幹部諸氏は必死であと17年間を走り続けなければならない。
 その "300万達成" が成っても、一国同帰・国立戒壇の兆しは見えない。そして、2020年代の「広宣流布の決戦場」は、とうに過ぎているのである。

「顕正会が、広宣流布・国立戒壇の御奉公を成し遂げ 「紅の涙」云々というのは、浅井会長が御書を自己中心・自分勝手に解釈して創り上げた妄想に過ぎない。300万へのタイムテーブルが破綻していることは、すでに現実を反映したグラフが正直に示している。それは同時に、淺井昭衞・讃仰(個人崇拝)団体となってしまった顕正会は 『御仏意』に叶わない、ということである」(顕正会のタイムテーブル part3)
 顕正会員は、同調・服従・内面化により、"事実" と "現実" から目をそむけ、巧妙な "マインドコントロール" にあらがえない。 聞くところによれば、浅井城衛会長の子息は東京大学在学中で、顕正会の活動とは無縁だという。浅井流宗家の4代目なのだから、周囲からの同調圧力はそうとうなものだろう。それを跳ねのけて、組織活動を拒否するとは、立派なものである。

 何度も繰り返して来たことだが、あらためて顕正会幹部諸氏に云う。
「(亡き)浅井昭衛会長の妄想に囚われ、大切な時間を御奉公(組織活動)に費やして、人生を無駄にしてはいけない」(顕正会のタイムテーブル part3)
                                (令和7年3月 櫻川 記)

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