迷走する顕正会を斬る


淺井昭衞会長の足跡と変節

    第九章 三、本尊偽装疑惑



   「お伺い」への回答


 平成十九年八月、顕正会の現状を憂う現役会員が集う「冨士大石寺顕正会是正協議会」が、浅井会長に顕正会の会館安置の本尊について「お伺い」を提出した。
 後にこの「お伺い」は、インターネット上でも公開された。

 「近年、顕正会御奉持の御本尊につき様々な疑念があることをネットや人を介して知るに至り、月々日々に已むに已まれぬ思いが募るばかりであります。  お伺い事項  松本御能化から託された御形木御本尊の総数、ならびに内訳、殊に、日布上人大幅御形木御本尊は過去宗門には存しておらないという疑難についての反論をお願い致します

 浅井会長は九月度総幹部会で、表面上はストレートにその"問い゛に応えた。

  「御形木御本尊というのはどういうものか、説明いたしますが、これは印刷された御本尊のことであります。...近年信徒の増加に伴って、入信したときにまず御形木御本尊を下附するという制度ができた
  「品川の妙光寺が、五十五世の日布上人の御形木御本尊。池袋の法道院が、五十六世日応上人の御形木御本尊。… それぞれの末寺で有縁の貫首上人の御形木御本尊を授与しておったと。これは、末寺住職に許された古来からのしきたりだったんですね
  「将来の大規模な広宣流布の戦いに備えて、地方会館に安置し奉る大幅の日布上人の御形木御本尊と、自宅拠点にかけ奉るべき日寛上人の御形木御本尊を、松本尊能化に用意してくださるよう、敢えて願い出て、これを授与して頂いたのであります

  過去の経緯を知らず、外部情報を遮断されている多くの顕正会員諸氏は、この説明で納得するだろう。
  しかし「堂々と戦う為に疑難を粉砕すべく理論武装を」との是正協議会の願いに、浅井会長は問題をすりかえてごまかすことしかできなかった。
  どこが矛盾しているか、説明しておこう。

 一、形木本尊の性格 … 形木本尊はその前提として、初信の個人が対象である。問われているのは、会館安置の形木本尊の由来である。宗門の化儀では、寺院や会館安置用の形木本尊があり得ないことを、自ら述べてしまった。

 二、形木本尊の大きさ … 個人宅に大幅の本尊は必要ない。会館安置用の大幅の形木本尊の存在自体が矛盾している。

 三、末寺有縁の貫首上人 … 各末寺で有縁の貫首上人の形木御本尊を授与との説明であるが、妙縁寺は日布上人(大石寺五十五代)と有縁ではない。妙縁寺に日布上人の形木本尊はあり得ない、との説明になっている。

 四、用意してくださるよう … 「用意してくださるよう」ということは、妙縁寺に存在しなかった大幅の日布師形木本尊を、「作成してください」と願い出たことになる。

 五、地方会館構想 … 当時は常盤台に本部が移転した直後であり、解散処分に続いて法廷闘争が始まりつつあった。本部会館の本尊を守護し池田会長を宗門から追放し、妙信講は宗門に復帰することが前提であり、地方会館という構想は浅井理事長になかった。

 六、大幅形木本尊の準備期間 … 妙信講解散処分の後、松本住職も妙縁寺住職を罷免され、大幅の形木本尊を用意する余裕はない。

 八月十二日の妙信講解散処分から十一月十五日までの三ヶ月間、松本住職は妙信講に対する本尊返還請求をする側であった。十一月二十五日以降、妙縁寺は久保川師の指揮管理下に入り、松本住職は妙縁寺の一室に篭城することだけが、為しえる最大の抵抗であった。松本住職が大幅形木御本尊作成を、業者に発注できる状況や環境ではなかった。
 しかも当時、浅井理事長は「妙信講の大願は十万達成」と、繰り返し述べている。その前年にようやく全国の末寺で本尊下附が可能になったばかりで、一万数千の妙信講員は首都圏に集中していた。地方会館の必要などなく、その構想もなかった。

 昭和五十八年十月、「全国広布の気運満つ」(「顕正新聞」昭和五十八年十月十五日号)として、初めての地方会館である高知会館が翌年建設されると発表された。この年の講員数は、七万六千である。
 昭和五十九年八月、高知会館の落慶入仏が行われ、日布上人の常住本尊が安置された。浅井会長は「全国広布の基盤着々と堅まる」と述べ、「大幅の常住御本尊七幅と、日寛上人書写の御形木御本尊数百幅を私に託して下さった。… このうちの日布上人書写の御本尊が高知会館に御安置されたのである」(「顕正新聞」昭和六十年三月十五日号)と説明した。
 高知会館に続いて、昭和六十年二月に藤沢事務所、八月に長野事務所、十一月に松戸事務所が開設された。この年の講員数は十一万となった。各地に地方会館が必要になって来たのは、この頃からである。

   産地偽装


 平成十一年、解散処分から二十五年を経て、日布上人の大幅形木御本尊について説明がなされた。
 浅井会長は、「松本尊能化は、妙縁寺に所蔵するところの歴代上人の御直筆御本尊七幅、それから日寛上人の御形木御本尊、並びに日布上人の御形木御本尊を多数用意して、私に託して下さったのであります」(「顕正新聞」、平成十一年四月二十五日号)と述べた。
 平成十九年九月の説明も同様であるが、「日布上人の御形木御本尊を多数用意」することは当時の松本住職には不可能であった。

 昨年騒がれた食品偽装問題であるが、産地偽装あり、賞味期限偽装あり、原材料偽装あり、使い回しありと、様々な手口が登場した。ただちに健康被害がなくても、法に抵触し倫理に悖り、何より消費者への裏切りである。
 地方会館を各地に建てるに連れ、日寛上人の小幅の形木本尊では不都合だ、大幅本尊でないと格好がつかないと、浅井会長は考えたのであろう。会員のためを思って、やむなく自ら「日布上人の御形木御本尊を多数用意」したのかもしれないが、そうであれば少なくとも事情を説明すべきだった。
 食品偽装問題も、同じ問題構造であった。産地や賞味期限や原材料を偽装しても、安く品質のよいものを提供できて顧客は喜んでくれている、そう考えて良心を麻痺させ消費者を裏切ったのである。そして、強制捜査が入り業務停止命令が出され、消費者から見放されてすべてを失って行った。

 池田大作氏の戒壇義の誑惑を責める浅井会長であるが、自分は産地偽装本尊で会員を欺いても許されると考えるご都合主義で、他者を責めることができるだろうか。
 創価学会の血脈相承否定や戒壇本尊否定について、浅井会長はその都度批判をして来た。しかし、創価学会の本尊模刻問題について、批判・言及したことは一度もない。その問題に触れることは、浅井会長としても憚られるのであろう。