冨士大石寺顕正会の基礎知識

四、仏法の実践

 末法の仏道修行は勤行と折伏に尽きる。勤行とは、御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱える三大秘法の修行であり、そしてこの三大秘法を人に勧めるのが折伏である。
 勤行は自分自身の修行であるから「自行」といい、折伏は他人を教化し救う修行であるから「化他」という。末法、ことに広宣流布以前の謗法充満の世においては、自行と化他が車の両輪のごとく相俟って、始めて完璧なる仏法の実践となる。すなわち自分が御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱えるだけでなく、人にも御本尊の功徳を教え信心を勧めていくことが、大聖人の仰せのままの正しい仏道修行である。
 大聖人は自行化他にわたる仏法の実践について「南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべき」(持妙法華問答抄)、「我もいたし、人をも教化候へ」(諸法実相抄)、「唯我れ信ずるのみに非ず、また他の誤りを誡めんのみ」(立正安国論)、「末法に入って今日蓮が唱うる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(三大秘法抄)等と御指南下されている。

勤行


 朝夕の勤行は、仏道修行の基本である。御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱えれば、御本尊の仏力・法力により、必ず一生の中に即身成仏を遂げさせて頂くことができる。
 日寛上人は御本尊の力用と唱題の功徳について「此の本尊の功徳、無量無辺にして広大深遠の妙用あり。故に暫くも此の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、即ち祈りとして叶わざるは無く、罪として滅せざるは無く、福として来らざるは無く、理として顕れざるは無きなり」(観心本尊抄文段)と仰せられている。

 対境の御本尊について

 さて、日寛上人が「此の本尊」と仰せられた御本尊とは、別して、大聖人が弘安二年十月十二日に御図顕あそばされた「本門戒壇の大御本尊」の御事である。
 この大御本尊は、日本および世界の全人類に総じて授与された御本尊で、広宣流布の暁には本門戒壇に安置さるべき御本尊なるゆえに、「本門戒壇の大御本尊」と申し上げる。
 大聖人が御在世に書き顕わされた御本尊は数多にのぼるが、それらの悉くは「一機一縁」といって、信心強盛の個人に授与された御本尊である。ここに、全世界の人々に総じて授与された御本尊は、ただこの弘安二年の戒壇の大御本尊一幅である。この大御本尊こそ三大秘法の随一、大聖人出世の本懐であられる。
 ゆえに大聖人滅後においては、この戒壇の大御本尊を御本仏日蓮大聖人の御当体、唯一の帰命依止の法体と仰ぎまいらせねばならない。
 この戒壇の大御本尊は弘安五年に大聖人より日興上人に御付嘱され、以来日目上人・日道上人・日行上人と次第に相伝護持され、いま広宣流布の時を待って冨士大石寺にまします。
 私達が勤行の時、信じ唱えまいらせるところの対境・法体とは、実にこの戒壇の大御本尊にてましますのである。
 冨士大石寺門流においては、入信者の信行が進んで不退の金剛信が確認された時、日興上人以来嫡々付法の大石寺歴代上人が、この戒壇の大御本尊を書写して授与して下さる。授与された弟子・信徒は、その書写された本尊を即戒壇の大御本尊と拝して、日夜勤行に励むのである。
 ただし、本宗における御本尊の授与は極めて厳格で、入信早々に授与されるということは絶対になく、身命も惜しまぬ信心が確立してのち、始めて授与されるのである。したがって、御本尊を頂戴するまでは、すべての人が、我が家より遠く戒壇の大御本尊を遥拝し奉って勤行申し上げる、いわゆる「遥拝勤行」がまず信心の出発となる。これが本宗伝統の厳格なる風儀である。
 宗門上代において、御本尊授与がいかに厳格であったかを、二祖日興上人の御指南に拝してみよう。「富士一跡門徒存知事」に「御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽賤する由、諸方に其の聞えあり、いわゆる日向・日頂・日春等なり。日興の弟子分においては、在家・出家の中に、或いは身命を捨て、或いは疵を被り、若しはまた在所を追放(おいはな)たれて、一分の信心の有る輩に、忝くも書写し奉り、之を授与する者なり」と。
 日興上人と日向・日頂等の五老僧と、御本尊に対する姿勢が全く違っていたことがよくわかろう。日向・日頂等は御本尊の尊厳がわからなかったために、大聖人御直筆の御本尊を「形木に彫む」すなわち版木におこして印刷し、それを信心もない輩に軽々しく授与していたのである。まことに不敬の至りである。
 この不敬に対して日興上人は“日興の弟子分においては、信心のゆえにあるいは身命を捨て、あるいは傷を受け、あるいは追放されるなど、信心の色あらわれた不惜身命の者に対してのみ、恐れ多くも戒壇の大御本尊を書写し奉り、これを授与する”と仰せられている。
 日興上人の門流(冨士大石寺)においては、御本尊の授与がいかに厳格であったかが、この御文でよくわかる。まさに御本尊は、入信時に軽々しく授与されるものではなく、信心決定の結果として授与されたのである。
 ゆえに、あの熱原の法華講衆にしても、入信未だ日も浅く、したがって未だ御本尊を頂戴せぬまま、遥拝勤行に徹してあの不惜身命の大仏事を成しとげられたのである。
 近年本宗において、信徒の増加にともなって、止むなく信心決定までの暫定の仮本尊として、形木御本尊(印刷された御本尊)が下附されるようになった。もちろん本宗における形木御本尊は、日興上人が日向・日頂等を誡められた御制誡に該当するものではなく正しき暫定の仮本尊であるが、これとても、よく創価学会員の入信勧誘に見られるような軽々しい下附、あるいは不信の輩に無理に押しつけるごときは、「軽賤」の罪に当たろう。
 いま顕正会は、正系門家の中で創価学会が御遺命を破壊せんとするのを見て諌め、ために不当の解散処分を受けたが、この迫害により、計らずも御在世の信心に立ち還ることができた。すなわち御在世の信徒の方々が厳格なる風儀のもと信行に励まれたごとく、いま顕正会員もまず遥拝勤行に徹し、広宣流布に立ち上がっているのである。
 御遺命を守護せんとして不当の解散処分を受けたことが、「或いは疵を被り、若しはまた在所を追放たれて」に当たれば、これほどの喜びはない。
 やがて御遺命守護完結のその日には、顕正会員こそこの捨身の御奉公によって、時の御法主上人より、晴れて御本尊の授与を賜る資格を得るのである。顕正会員は、いま御在世のごとき厳格なる信心修行が貫けることを、誇りとしなくてはならない。
 

遥拝勤行の心構え


 遥拝(ようはい)勤行と、御本尊の御前で行う勤行とは、功徳において全く同じである。
 遥拝勤行において大切なことは、我が家と冨士大石寺にまします戒壇の大御本尊と、いかに距離があろうとも、信心でその隔たりを乗りこえ、眼前に御本尊ましますとの思いに立つことである。
 信心に距離は関係ない。もし信心がなければ、眼前に御本尊ましますとも通ずることはなく、もし信心があれば、千万里を隔てるとも直ちに御本尊と感応道交して、我が生命に仏界が湧現するのである。
 ゆえに大聖人は、身延より千里を隔てた佐渡に住する千日尼に対し「譬えば、天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮かび、雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾にきこゆ。御身は佐渡の国にをはせども、心は此の国に来れり。――御面(おんかお)を見てはなにかせん、心こそ大切に候へ」(千日尼御前御返事)と御指南下されている。
 まことに大聖人の御心に通じ通ぜぬは、その人の信心による。距離は全く関係ないのである。
 

遥拝勤行の仕方


 それでは遥拝勤行の仕方を具体的に説明しよう。
 冨士大石寺の方に向って正座し、数珠を手に掛け至心に合掌する。二人以上が一緒に勤行する時は、一人が前に出て唱導し、他はこれに和する。
 まず、題目を三唱する。
 方便品を読誦する。
 「妙法蓮華経、方便品第二」から読み進み、最後の「所謂諸法、如是相……如是本末究竟等」のところは三回繰り返す。
 寿量品を読誦する。
 「妙法蓮華経、如来寿量品第十六、爾時仏告」から読み進み、「自我得仏来」以下の自我偈も通して読む。
 題目を繰り返し唱える。
 唱え奉る題目の数は定められてないが、通常百遍(五分)が一応の基準とされている。唱え終ってのち、改めて題目を三唱する。
 御観念文
 「戒壇大御本尊御報恩」
 「南無本門寿量品の肝心……」と、御観念文を黙読・観念し奉ったのち、題目を三唱する。
 「日蓮大聖人御報恩」
 「南無久遠元初の自受用報身……」の御観念文を黙読・観念し奉ったのち、題目を三唱する。
 「日興上人御報恩」
 「南無法水瀉瓶……」の御観念文を黙読・観念し奉ったのち、題目を三唱する。
 「日目上人および歴代正師御報恩」
 「南無一閻浮提の御座主……」の御観念文を黙読・観念し奉り、引き続き「日道上人・日行上人・日時上人 乃至 日寛上人・日霑上人等……」の御観念文を黙読・観念し奉ったのち、題目を三唱する。
 「広宣流布祈念」(晩の勤行では省略する)
 「祈念し奉る、爾前迹門の謗法退治……」の御観念文を黙読・観念し奉ったのち、題目を三唱する。ついで「祈念し奉る、無始以来の謗法罪消滅・・・・・」の御観念文を黙読・観念し奉ったのち、題目を三唱する。さらに個人として祈願がある場合は、このあと観念し題目を三唱する。
 「回向」
 「○○家先祖代々の諸精霊、追善供養證大菩提の為に」と念じ、さらに亡くなった親族などを回向したい時は、その戒名または俗名を呼んで「追善供養證大菩提の為に」と念じて、題目を三唱する。
 最後に「乃至法界平等利益……」の御観念文を黙読・観念したのち、題目を三唱して勤行を終わる。
 

勤行の内容


 以上のごとく、勤行の内容は、方便品・寿量品の読誦と、題目を唱えることと、三宝への御報恩がその骨子となっている。このことについてその意義を簡単に説明する。
 まず方便・寿量の両品読誦と唱題との関係であるが、両品読誦は助行、唱題は正行である。これを食事に譬えれば、唱題は主食、両品読誦はその主食の味を助ける調味料に当る。日寛上人は「塩・酢の米・麺の味を助くるが如し」(当流行事抄)と仰せられている。
 すなわち方便・寿量の両品を日蓮大聖人の仏法の立場より見れば、両品はともに三大秘法の甚深の功徳を説明している経文となる。ゆえに勤行においては、釈尊の法華経としてではなく、大御本尊の功徳を讃嘆している経文として、両品を読誦するのである。ゆえにこれを助行という。
 そしてこの助行の中にも傍と正がある。方便品を傍、寿量品を正とする。これは、三大秘法の甚深の功徳を助け顕わすにおいて、方便品は遠く、寿量品は近くこれを顕わしているゆえである。
 次に正行たる唱題こそ勤行の肝要である。御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱える修行により、我等凡夫がそのまま即身成仏させて頂ける。
 このことを大聖人は本因妙抄に「信心強盛にして唯余念無く南無妙法蓮華経と唱え奉れば、凡身即仏身なり」と仰せられ、また日寛上人は当流行事抄に「夫れ唱題の立行は余事を雑えず、これ乃ち久遠実成の名字の妙法を余行に渡さず直達正観する事行の一念三千の南無妙法蓮華経是れなり」と指南されている。
 かかる有難い唱題の修行であれば、歓喜でぞくぞくするような心を以て、少なくとも五分以上は唱え奉るようにしたい。
 次に御観念文における三宝の御報恩であるが、三宝とは仏・法・僧である。
 末法下種の仏宝とは、御本仏・日蓮大聖人であられる。流罪・死罪の大難を忍び給うて我等一切衆生に三大秘法を授与して下さった大慈大悲の御報恩は、たとえ香城に骨を摧くとも報ずることはできない。
 末法下種の法宝とは、本門戒壇の大御本尊であられる。「我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(観心本尊抄)とのごとく、信じ唱える我等に自然と成仏の大功徳を与えて下さる大御本尊の大恩は、たとえ雪嶺に身を投げるとも報ずることはできない。
 末法下種の僧宝とは、第二祖・日興上人であられる。仏恩・法恩がいかに甚深であっても、もしこれを伝えて下さる方がおられなかったら、どうして末代の我等、三大秘法を受持することが出来たであろうか。まさに日興上人こそ末法万年に三大秘法を清く正しくお伝え下さった下種の僧宝であられる。さらに総じては、日目上人以下嫡々付法の歴代正師も僧宝である。
 かくのごとく三宝の御恩徳を念じて、御報恩し奉るのである。
 以上の勤行を朝晩怠けずに行うことにより、過去世からの謗法等の罪業で覆われた汚れた生命が、仏界を湧現する清らかな生命へと磨かれていくのである。
 ゆえに大聖人は 「深く信心を発(おこ)して日夜朝暮に又懈(おこた)らず磨くべし。何様にしてか磨くべき、只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを、是をみがくとは云うなり」(一生成仏抄)と仰せられている。
 私達凡夫は、生活の苦しい時には苦しさに流されて勤行を忘れ、また楽になればなったで勤行にゆるみを生ずることがあるが、大聖人は次のごとく御指南下されている。
 「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうち唱へ居させ給へ、これあに自受法楽にあらずや」(四条金吾殿御返事)
 また 「世の中憂からん時も、今生の苦さへ悲しし、況や来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も、今生の悦びは夢の中の夢、霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱ヘ、退転なく修行して最後臨終の時を待って御覧ぜよ」(松野殿御返事)と。
 この御指南のごとく、苦しい時も、楽しい時も、苦楽を乗り越えて勤行に励むところに一生成仏がある。
 顕正会員は、折にふれ機にふれ本部会館に詣でて大御本尊を拝しつつ、さらに日夜朝暮に遥拝勤行に励み、以て現当二世の大利益を頂こうではないか。

 ( 入信勤行の栞

 入信勤行に当り 会長浅井先生の指導を、一言ここに代理として伝えさせて頂きます。
 あなたは本日、末法の御本仏・日蓮大聖人に帰依し、値いがたき三大秘法に値い奉ることができました。どうかこの上は大聖人の仰せのままの信心を貫き現当二世の大功徳を得られんことを、心から念願するものであります。
 日蓮大聖人は末法の全人類を現世および来世にわたって救わんと、三大秘法という根源の仏法を身命を賭してお弘め下された、大慈大悲の下種の御本仏であられます。その大慈悲たるやあるいは極寒の佐渡への流罪、あるいは竜ノ口における死罪等、二十余年におよぶ耐えがたき大難を忍ばれた上で、ついに御自身の下種本仏としてのお悟りの全体を一幅の御本尊に顕わし、一切衆生成仏の対境として日本国に留め置かれたのであります。
 この御本尊こそ、富士大石寺に七百年来相伝護持され来たった「本門戒壇の大御本尊」であります。この大御本尊には、日蓮大聖人が久遠元初以来お積みになられたあらゆる功徳が、ことごとく収まり具わっております。ゆえにこの御本尊を一筋に信じ「南無妙法蓮華経」と唱え奉るならば、大聖人より大功徳を譲り与えられ、いかなる人も罪障は消え宿命は変わり、現世に幸せを得るだけでなく未来の成仏も叶うのであります。
 ただし、この御本尊ももし邪宗の執着が少しでもあるならば、全く功徳を生じません。まさしく大聖人仰せのままの信心とは、一切の謗法を捨てこの御本尊を強く清らかに信じて「南無妙法蓮華経」と唱え、人にもこの大法を勧めるところにあります。
 本日よりは我が家より、富士大石寺にまします「本門戒壇の大御本尊」に向い奉り、朝晩・遥拝勤行を実践いたしましょう。たとえ、いかに遠く離れていようとも、信心に距離は関係ありません。直ちに感応道交して大御本尊に通じ、大功徳を生ずるのであります。
 いま、冨士大石寺顕正会は日本国において、日蓮大聖人の御遺命のままに広宣流布・国立戒壇建立をめざす、唯一の仏弟子の集団であります。あなたも、この清純なる団体の一員として大聖人仰せのままの信行に励み三世に崩れぬ大幸福を得られんことを、切に祈るものであります。
 ( 平成九年一月一日制定 )
 

折伏とは何か


 仏法を弘める方法に「摂受」と「折伏」という二大潮流がある。
 摂受とは摂引容受といって、たとえ相手が低劣なる法を信じていても、これを容認しながら次第に正しい教えに誘引していくという柔かい弘教法である。
 いっぽう折伏とは、破折屈伏の義で、相手の間違った思想・信仰を破折し、唯一の正法に帰依せしめるという剛(つよ)い弘教法である。
 どういう時に摂受を行じ、どういう時に折伏を行ずべきかということは仏法上の重大問題で、もしこれを取り違えると、成仏得道も叶わないと、大聖人は仰せられている。
 「凡そ仏法を修行せん者は摂折二門を知るべきなり、一切の経論此の二を出でざるなり」(如説修行抄)、 「設い山林にまじわって一念三千の観をこらすとも、――時期をしらず摂折の二門を弁へずば、いかでか生死を離るべき」(開目抄)、 「仏法は摂折・折伏時によるべし、譬えば世間の文・武二道の如し」(佐渡御書)、 「修行に摂折あり、摂受の時折伏を行ずるも非なり、折伏の時摂受を行ずるも失なり、然るに今の世は摂受の時か折伏の時か、先づ是れを知るべし」(聖愚問答抄)と。
 では、どういう時に摂受を行じ、どういう時に折伏を行ずるのかといえば、釈迦仏法の利益のおよぶ正像二千年間(釈迦滅後二千年の間)は摂受であり、それ以後の末法という時代は折伏でなければいけない。
 なぜかといえば、正像二千年の間に生まれてくる大衆は「本已有善」(ほんいうぜん)といって、過去世にすでに下種を受けている者ばかりなので、あるいは小乗経を縁とし、あるいは権大乗経を縁として法華経の悟りに入ることが出来た。ゆえに種々の教えを一応認め、漸々と正法に誘引する摂受が、正像の時期には適していたのである。
 しかし正像二千年を過ぎて末法という時代になると、生まれてくる衆生は「本未有善」(ほんみうぜん)といって、未だ過去に下種を受けたことのない三毒強盛の荒凡夫ばかりとなる。この本未有善の衆生は、新たに下種を受けなければ成仏できない。ゆえに末法における成仏の正法はただ法華経本門寿量品の文底に秘沈された下種の三大秘法だけとなる。
 この時、一切の諸宗・諸経は利益を失うばかりか、唯一の成仏の法たる三大秘法に背く謗法の邪宗となってしまう。ゆえに末法においては、これら邪宗を破折し“この御本尊以外には成仏の法はない”とはっきりと教える以外に人は救えない。これが末法の折伏である。
 このように折伏こそ末法の時に適う仏道修行であり、人を救う最高の慈悲の行為なのである。
 

なぜ折伏せねばならぬのか


 折伏は何のために行ずるのかといえば、一には一切衆生を救う広宣流布のため、二には自身の成仏のためである。

 広宣流布のため

 大聖人がいかに大慈悲を以て三大秘法をお勧め下されたかを拝してみよう。
 「日蓮生れし時よりいまに、一日片時も心安き事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(上野殿御返事)、 「今日蓮は、去ぬる建長五年四月二十八日より今弘安三年十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。此れ即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり」(諌暁八幡抄)と。
 まことに母が乳児に乳を含ませるごとき大慈悲を以て、「南無妙法蓮華経と唱えよ」と、一切大衆にお勧め下されたのである。そして大聖人の究極の大願は広宣流布にあられる。
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり。未来も又しかるべし、是れあに地湧(じゆ)の義に非ずや、剰(あまつさ)へ広宣流布の時は、日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は、大地を的とするなるべし」(諸法実相抄)と。
 大聖人がただ御一人唱え始められた三大秘法の南無妙法蓮華経は、次第に唱え伝えられ、ついには日本一同に唱える広宣流布の時が必ず来るとの御断言である。いま我々の行ずる折伏は、大聖人のこの広布の大願を、御本仏の眷属(けんぞく)としてお手伝いするものである。
 この広宣流布が達成された時、始めて仏国は実現し、個人も国家も真の安泰を得る。このことについて大聖人は 「法華折伏・破権門理の金言なれば、終に権経・権門の輩を一人もなくせめをとして法王の家人となし、天下万民・諸乗一仏乗と成りて妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば、吹く風枝をならさず、雨壤(つちくれ)を砕かず、代は羲農の世となりて、今生には不祥の災難を払い、長生の術を得、人法共に不老不死の理(ことわり)顕われん時を各々御覧ぜよ。現世安穏の証文疑い有るべからざる者なり」(如説修行抄)と仰せられている。
 しかし広宣流布しなければ、国土の三災七難はいよいよ激しくなり、人はことごとく悪道に堕する。ここに御本仏の厳たる広宣流布の御命令があり、また日興上人の「未だ広宣流布せざる間は、身命を捨てて随力弘通を致すべき事」の御遺誡がある。
 いま三大秘法に背くゆえに刻々と破局近づく日本を見る時、仏弟子として誰か折伏に立たぬ者があろうか。
 自身の成仏のため
 折伏は人のため国のためのように思えるが。実は自分自身の成仏の修行である。広宣流布以前においては、勤行とともに、折伏の大精神を持ち続けなければ成仏が叶わない。
 そのわけは、謗法充満の国土においてもし折伏を行じなければ、知らず知らずのうちに自身が謗法のリズムに同化してしまうのである。これを「与同罪」という。すなわち自分は謗法をしなくても、謗法を見てそれを責める心がなければ、その悪に与したことになって罪は同じになる。
 「譬えば、我は謀叛を発さねども、謀叛の者を知りて国主にも申さねば、与同罪は彼の謀叛の者の如し」(秋元御書)と。ゆえに曽谷抄には 「謗法を責めずして成仏を願はば、火の中に水を求め、水の中に火を尋ぬるが如くなるべし、はかなし、はかなし」 とまでの厳しい仰せを拝するのである。
 しかし折伏を行ずれば、この与同罪を免れることができる。そして蓮華が泥水の中できれいな花を咲かせるように、謗法充満の国土においても少しも謗法に染まることなく、清浄な仏果を得ることができるのである。
 

折伏の大利益


 折伏は、大聖人の大願たる広宣流布をお手伝いする行為であるから、これを行ずる者には次のごとき大利益がある。

 格別の御守護を頂く

 折伏を行ずると、御本仏の冥々の加護が生活に現われてくる。これは、大聖人が格別に"仏法の命を継ぐ者"として御守護下さるからである。
 御在世において、大聖人の御化導を助けまいらせた四条殿に対し大聖人は 「殿の御事をば、ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり。其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり」(四条金吾殿御返事)と仰せられている。
 いま広布の前夜・濁悪の世に、けなげに折伏を行ずる者は、かくのごとく御本仏の格別の御守護を頂くのである。

 御本仏の眷属としての生命力が湧く

 折伏を行ずる者は仏の使いである。ゆえに自然と御本仏の眷属としての生命力が湧いてくる。さまざまな折伏の功徳の中でも、このことが最もはっきりとわかる。
 たとえ、打ち沈んだ弱々しい境界であっても、折伏を行ずると、生き生きとしてくるのである。そして人を救うに当って、智恵と勇気が具わってくる。いままで自分のことだけで頭がいっぱいの愚痴の凡夫が、このように人を救い国を憂うる境界に一変するのは、まさに御本仏の眷属としての命が湧いてきたゆえである。
 諸法実相抄には 「日蓮と同意ならば、地湧の菩薩たらんか」 と仰せられている。大聖人に同心し奉るゆえに「地湧の菩薩」すなわち御本仏の眷族の命が出てくるのである。

 過去の罪障が消滅する

 折伏は宿命転換の強き実践法である。およそ現世の不幸はすべて過去世の悪業に因る。この宿業の報いとして、あるいは十年・二十年、あるいは一生の間苦しまなければならぬ、いや、あるいは今生にその罪を滅することができずに未来にも大苦を受けねばならぬかも知れない。
 しかし折伏して難を受けたり悪口をいわれれば、その罪障が消滅するのである。
 「忠言は耳に逆う」という。ふだん人格者のような顔をしている者も、折伏を受けるととたんに本性をむき出し瞋恚を表すことはよくある。あるいは「お前は貧乏しているくせになんだ、もっと立派になったら来い」などと、いわれなき軽賤をする者もあろう。しかしこれらの悪口を受けることによって、こちらの罪障は消えていくのである。この原理を深く心腑に染めなければならない。
 大聖人は開目抄に 「今日蓮、強盛に国土の謗法を責むれば、此の大難の来るは、過去の重罪の今生の護法に招き出せるなるべし」 と仰せられている。
 すなわち、一国の謗法を折伏した結果として流罪・死罪の大難が起きたことは、過去世の重き罪障が、折伏の功徳により、いま招き出され消滅している姿である。――との御意である。
 大聖人に過去の罪障などのあるべきはずもない。これは「示同凡夫」(じどうぼんぶ)といって、我等凡夫の身に同じて、罪障消滅の原理をお示し下さっているのである。
 いま私達も、折伏しなければ波風も起きない、悪口もいわれない。しかし折伏のゆえに起きた難こそ、我が身の罪障消滅となるのである。むしろ喜びとしなければならない。
 

折伏の心がけ


 確信と慈悲

 折伏は、仏様の使いとして一切大衆を救う振舞いであるから、折伏を行ずる者はまず御本尊絶対の確信と、慈悲の思いに立たなくてはならない。
 恐れ多いが御本尊を拝見すれば、右の御肩に「若し悩乱する者は頭七分に破る」また左の御肩には「供養すること有らん者は福十号に過ぐ」とある。
 罰と利益に対する御本仏の厳たる御説法である。この御説法を拝し、"御本尊を信ずる者は必ず幸せになり、謗ずる者は大罰を受ける"との大確信に立つことが、折伏に当って何よりも大切である。
 この確信に立つ時、「師子王は百獣にをぢず師子の子又かくのごとし、彼等は野干(やかん)のほうるなり、日蓮が一門は師子の吼(ほう)るなり」(聖人御難事)との仰せがよくよくわかり、仏弟子として堂々と法を説くことができるのである。
 そして「この人も御本尊を信ずれば幸せになれる」との慈悲の思いをこめて、柔和に諄々と、御本尊の功徳を説き聞かせるべきである。

 勇気と忍耐

 折伏を行ずるに当っては大勇猛心(だいゆうみょうしん)を持たなくてはならない。たとえ相手が社会的地位のある者であろうと大学者であろうと、こと仏法に関しては無智なのであるから、仏の使いとして臆することなく、仏法を説ききる勇気が必要である。
 「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(教行証御書)、 「仏の御使となのりながら臆せんは無下の人々なり」(種々御振舞御書)との仰せを心腑に染めたい。
 また末法の大衆は貧・瞋・癡の三毒が強く、正法を素直に聞く者は少ない。小さな親切なら誰にもすぐ理解され感謝されもするが、人を根本から救う大慈悲は、かえって理解され難いのである。理解されないどころか時には悪口・罵詈されることすらある。
 ゆえに忍耐の心がなければ、末法の大衆を救うことはできない。釈尊は末法に三大秘法を弘通する上行菩薩の徳を称えて「其の志念堅固にして、大忍辱力あり」と述べているが、大聖人の忍難の御振舞いを拝せば、まさに経文のごとくである。
 「此の法門を日蓮申す故に、忠言耳に逆う道理なるが故に、流罪せられ命にも及びしなり。然ども、いまだこりず候」(曽谷殿御返事)、 「日蓮一度もしりぞく心なし」(辨殿尼御前御書)、 「されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども、難を忍び慈悲のすぐれたる事は、をそれをもいだきぬべし」(開目抄)と。
 大聖人がこのように大忍辱(にんにく)力を以て難を忍ばれたのは、ひとえに大慈悲のゆえである。いま私達は慈悲においては御本仏の千万分の一にも及ばないが、大聖人への忠誠心のゆえに、またよく耐え忍ぶ強い心が湧いてくるのである。
 

一段高い慈悲の立場


 理論闘争ではない

 また折伏は理論闘争ではない。生活に則して罰と利益を認識させ、仏法を実践せしむるのが目的であるから、いたずらに議論のための議論に終始してはならない。
 まして相手と対等の立場に立って興奮したり、感情的になって相争うようなことがあってはならない。あくまでも仏の御使いとして、一段高い慈悲の立場に立つべきである。
 大聖人はもったいなくも、我等末弟の仏法上の位を、四味三教の極位ならびに爾前の円人に超過するだけでなく、諸宗の元祖に勝出すること百千万億倍であると仰せられ、さらに 「請う、国中の諸人、我が末弟等を軽(かろん)ずる事勿(なか)れ、--- 天子の襁褓(むつき)に纒(まとわ)れ、大竜の始めて生ずるが如し、蔑如(べつじょ)すること勿れ、蔑如すること勿れ」(四信五品抄) とまで仰せ下されている。
 どうしてこのような高い位を許し給うのか、それは、たとえ智解はなくとも三大秘法をたもち、仏様の使いとして折伏を行ずるがゆえである。忘れても、三毒の大衆と対等の立場に立って相争うようなことがあってはならない。
 また折伏に当って、いたずらに大声を出して威したり、粗暴な態度をしてはならぬ。非常識な言動は、かえって法を下げることになる。
 「雑言・強言・自讃気なる体、人目に見すべからず、浅ましき事なるべし」(教行証御書)と。
 ただし、仏法をあなずる者に対しては、師子王の気魄を以てその驕慢(きょうまん)を打ち砕かねばならぬ。また仏法の邪正を決する法論等においては、「法華経と申す大梵王の位にて、民とも下し鬼畜なんどと下しても、其の過有らんやと意得て宗論すべし」(教行証御書)との仰せのままに、大声叱咤して邪正を破折する気魄を持たねばならない。

 折伏には徒労がない

 折伏には徒労ということがない。相手が素直に入信すればこれほどの喜びはないが、たとえ反対しようとも、逆縁下種といって、相手の生命にはすでに仏種が下されたことになり、いつかは正法にめざめて成仏するのである。
 「当世の人、何となくとも法華経に背く失に依りて地獄に堕ちん事疑なき故に、とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓(どっく)の縁となって仏になるべきなり」(法華初心成仏抄)と。
 この仰せのごとく、順逆二縁ともに折伏で救い切るとの確信に立って、あせることなく胸を張って堂々の折伏を行じようではないか。
 

三障四魔に打ち勝つ信心


 仏法を実践し成仏を願う者にとって、よくよく心せねばならぬことがある。それは“正法には必ず魔の妨害がある”ということである。
 本来この大宇宙には、仏法を妨げようとする魔の生命活動がある。ゆえにもし人が正法を修行して、まさに成仏せんとする時、必ず魔が障碍をなして仏道修行を阻むのである。
 大聖人はこの魔障について次のごとく仰せられている。「此の法門を申すには必ず魔出来すべし。魔競はずば正法と知るべからず。第五の巻に云く、『行解(ぎょうげ)既に勤(つとめ)ぬれば三障四魔(さんしょうしま)紛然として競い起る、乃至随うべからず、畏るべからず、之に随えば人をして悪道に向わしむ、之を畏れば正法を修することを妨ぐ』等云々。此の釈は日蓮が身に当るのみならず、門家の明鏡なり、謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ」(兄弟抄)と。
 この御文を拝すれば、末法に成仏の法たる三大秘法を持ち、大聖人の仰せのままに自行化他の信心に励むならば、必ず三障四魔が競い起るということがわかるであろう。そしてこの三障四魔に打ち勝った時、始めて成仏が叶う。これが仏道修行の定理なのである。
 三障とは煩悩障(ぼんのうしょう)・業障(ごうしょう)・報障(ほうしょう)である。煩悩障とは、我が心の中の貧・瞋・癡により、信心に迷いを生ずる障りである。業障とは、家庭内の問題で信心が妨げられること。また報障とは、自分の生活を左右できる権力ある者が信心を妨害することである。四魔の中の天子魔もこれと同じで、この報障こそ最も大きな障碍である。
 さて、この三障四魔が競い起こるということは、持つ法が正法であり、また仏法の実践が本物になってきたという証拠、またこれを乗りこえれば成仏が叶うということを示すものであるから、むしろ喜ばねばならない。
 「潮の干ると満つと、月の出づると入ると、夏と秋と、冬と春との境には、必ず相違する事あり。凡夫の仏になる、又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば、賢者はよろこび、愚者は退くこれなり」(兵衛志殿御返事)と。
 賢者は三障四魔の出来をむしろ喜び、愚者はこれによって退転すると仰せられている。されば仏法を実践する者は、魔を魔と見破る見識を持たねばならぬ。これを見破って一段と強き信心に立つ時、始めて魔障に打ち勝ち成仏の境界を得るのである。
 そして、魔に打ち勝って自身を顧みれば、魔障が競い起きたことにより、かえって我が境界を変えることが出来たことに気付くであろう。もし魔障がなければ成長もない。信心さえ強ければ、魔はかえって成仏の助けとなるのである。
 この原理を法華経には 「魔及び魔民有りと雖も、皆仏法を護らん」(授記品)と説き、 さらに大聖人は御自身の実証体験の上から 「人をよく成すものは、方人(かたうど)よりも強敵(ごうてき)が人をばよくなしけるなり。--- 日蓮が仏にならん第一の方人は影信、法師には良観・道隆・道阿弥陀仏、平左衛門尉・守殿ましまさずんば、争か法華経の行者とはなるべきと悦ぶ」(種々御振舞御書)と御指南下されている。

         (  日蓮大聖人の仏法、冨士大石寺顕正会発行、浅井昭衞著、第五章より  )


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