迷走する顕正会を斬る


淺井昭衞会長の足跡と変節

    顕正会年表 (私家版)


      
1月1日
 顕正会、元旦勤行、本部会館で9回に分けて厳修。
 浅井昭衛会長、年頭の辞「大総会の年」、「本年の眼目は、申すまでもなく四月二十七日の武道館大総会である。… いよいよ一国広布の最終地点を見据え、前進を開始するその大儀式が、今回の武道館大総会なのである。
 而していま日本を見れば、泡沫のごとき経済繁栄も漸く峠にさしかかり、戦後四十年の歴史は、本年まさに一大転機を迎えたごとくである。これより破局は年々にその様相を濃くして行くこと、疑いなきところである。宗門を見れば、すでに学会は御遺命に背いた罰により、本格的崩壊を見せ始めている。いま正系門家・日蓮正宗の中において、仏勅に応え奉り国立戒壇建立を推進する団体は、顕正会以外には断じてない。全顕正会員は大総会の一点を見つめ、大聖人の御照覧を頂く信心と生活を確立しよう。そして大総会を期として、いよいよ四者肩を並べ、一国広布へ堂々の前進を開始しようではないか。昭和六十一年元旦」(「冨士」第264号 )
1月4日
 顕正会、男子部班長会開催。浅井昭衛会長「顕正会は未だ曽って、折伏もせずに口先だけで物を云ったことはない。常に真剣なる死身弘法によって大聖人より一つ一つ発言の資格を頂き、時に叶う御奉公を貫いてきた」と。
1月5日
 顕正会、女子部班長会開催。浅井昭衛会長「今回の大総会は顕正会の歴史において最も大事。そのゆえは、十万の確証を背景として、いよいよ広布の最終地点を見据えて立つ大儀式なるがゆえである」と。
1月5/10日
 顕正会、初講義開催「日蓮大聖人一代御化導の大綱」について浅井先生の講義をビデオ放映。参加者5,440名。
1月6日
 宗門、阿部日顕管長。末寺住職・寺族初登山において、一部僧侶の国立戒壇論支持を批判。(「大日蓮」2月号 )
1月7日
 顕正会、壮年部幹部会開催。浅井昭衛会長「正本堂の誑惑以来、ソ連の軍事脅威増大す」と。
1月12日
 顕正会、教学部三級昇格試験(開目抄・立正安国論)全国19ヶ所で実施。1,295名が受験。
1月15日
 顕正会、成人式、本部会館で行う。参加者約3百名。浅井昭衛会長「仏法持つ人生は必ず末広がり、若い時大法に縁した宿縁を思え、諸君は顕正会が五千法城を実現した年に生れ、大総会の年に成人に達したことを忘れるな」と。
1月19日
 顕正会、教学部二級昇格試験、全国5ヶ所で実施。164名が受験。教学部登用試験、全国40ヶ所で実施。1,944名が受験。
1月25日
 顕正会、本部会議開催。本部会館の入信勤行、2月1日より毎時正刻に開始することを決定。
1月26日  創価学会、第11回「SGIの日」、池田大作名誉会長が記念提言。「アジア・太平洋平和文化機構」の構想提示。韓国、北朝鮮が「相互不可侵・不戦」を誓約し、"恒久平和へ対話の大道を" と。
1月27日
 顕正会、1月度総幹部会開催。浅井昭衛会長「"折伏"の二字を聞いて奮い立たぬは仏弟子ではない。大衆は心の奥で仏法を求めている」と。
1月 日  創価学会、石田次男、創価学会批判記事を発表。創価学会から離反。
2月1日
 顕正会、冨士巻頭言「根ふかければ枝しげし」、浅井昭衛会長「日蓮大聖人が御一人始めて唱え出された三大秘法の南無妙法蓮華経は、大聖人の御予言のごとく二人・三人・百人・千人と次第に唱え伝えられ、今や日本国に広宣流布せんとしている。そして日本の広布が達成されれば、全世界への流布も目睫(もくしょう)の間にある。やがて地球上のすべての人類が、一同に南無妙法蓮華経と唱え奉る日が必ず来るのである。… まことに大聖人の大慈悲の根深きがゆえに、流布の枝は広く永く茂る。「根ふかければ枝しげし」の仰せ、よくよく拝すべきである」(「冨士」第265号 )
 男子部班長会開催、浅井昭衛会長「政治革命はただ権力の移動に過ぎぬ、信仰革命こそ権力を仏界の働きにする。この信仰革命によって仏国土を築く以外に真の国家安泰はない」
(※ 目睫の間:距離や時間が、きわめて接近していること。目と睫(まつげ)の間のように )
2月4日
 顕正会、壮年部幹部会開催。参加者394名。浅井昭衛会長「折伏は組織がやるのではない。一人一人の仏道修行である」と。
2月5日
 顕正会、「柏事務所」千葉県柏市に開設。
2月7日
 顕正会、第二祖日興上人御報恩勤行会、本部会館で厳修。浅井昭衛会長、末法下種の僧宝・日興上人の御徳について指導。
2月10・23日
 顕正会、2月度学習会、「種々御振舞御書」を拝読。参加者6,571名 (全国61会場)
2月13日
 顕正会、「観心本尊抄」講義録再版さる。
2月24日
 顕正会、2月度総幹部会開催。折伏成果 2,364名。浅井昭衛会長「仏法は体、世間は影である。正本堂の証惑よりソ連の軍事的脅威が増して来ている。大総会を、大聖人様は必ず御照覧下さる」と。管理室長に小峰勝彦 任命さる。
2月25日  フィリピン共和国、フェルディナンド・マルコス大統領が国外脱出。約20年間にわたって権力を握ったが、約100万人がマニラのエドゥサ通りを埋めたエドゥサ革命によって打倒され、マラカニアン宮殿が包囲された。コラソン・アキノ大統領が就任。
2月27日
 顕正会、冨士巻頭言「あと二ヶ月」、浅井昭衛会長「武道館大総会まであと二ヶ月。今回の大総会は、正系門家・日蓮正宗の中で、ひとり御遺命を死守し十万の弘通を成した顕正会が、仏勅に応え奉りいよいよ一国広布の最終地点を見据えて立つ大儀式なれば、大聖人は必ず御照戴遊ばす。かかる大事の大総会に、信心不純な者は参加する資格がない。全員、純粋強盛な信心に立ち、御本仏の御馬前に馳せる思いを以て参加しよう」(「冨士」第266号 )
2月27日  創価学会、池田大作名誉会長。研修会にて法然・大本教・マルクス等を例に挙げ、「大いなる偉業に苦難は必定」と。(「聖教新聞」2月27日号 )
2月 日  岩崎美術社、「葛飾北斎富嶽百景」(鈴木重三監修・解説)発行。「大石寺の山中の不二」をモノクロで収録。
3月2日
 顕正会、男子部班長会開催。浅井昭衛会長「今回の大総会は、御遺命を守護して十万の弘通をなしとげた顕正会が、いよいよ仏勅に応え奉り一国広布の最終地点を見据えて立つ大儀式である」と。
3月4日
 顕正会、婦人部幹部会開催。浅井昭衛会長「あと2ヶ月で婦人部は革命的充実をなせ」と。
3月5日
 顕正会、壮年部幹部会開催。浅井昭衛会長「新しい組織を組んだ壮年部が、広宣流布へ御奉公する初陣が今回の大総会」と。
3月10日
 顕正会、「立正安国論」の講義開始。講師・加藤礼子一級部員。
3月11日
 顕正会、女子部有志を以て鼓笛隊結成。
3月15/23日
 顕正会、3月度学習会、「乙御前御消息」を拝読。参加者 7,407名 (全国62会場)
3月15日
 正信会機関紙「継命」、公明党の教育調査の狙いを、(1) "教育の党"のイメージづくり、(2) 教育部(学会員教員)による教育界の乗っ取り、(3) "自公連合"のため"教育"を接着剤に、と分析。
3月26日
 顕正会、3月度総幹部会開催。浅井昭衛会長「眷属なき単己の菩薩では情けない、戦いきった姿を大聖人様に見て頂こう」と。男子部主任幹事に浅井克衛任命さる。
3月29日  山崎正友、秘密クラブにおける賭けマージャン容疑で逮捕される。(「週間サンケイ」3月29日号 )
3月30日  山崎正友、保釈。
4月2日
 顕正会、男子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者923名。浅井昭衛会長「男子部幹部会を豊島公会堂で開くことになったのは、男子部の歴史において新段階である。毎月全幹部一同に会し、広布推進を確認していこう」と。
4月3日
 顕正会、女子部幹部会、豊島公会堂で開く。参加者一、○二二名。浅井昭衛会長「もし女子部の幹部会が毎月武道館で開かれるようになったら、広宣流布はもう手が届く。それを楽しみに、毎月この幹部会を充実せよ」と。
4月10日  週刊文春、山崎正友の「麻雀賭博で『いけにえ逮捕』された私」と題する手記を掲載。
「私が麻布の店で麻雀をしたのは、咋年8月、9月は4、5回ずつ、10月以降は月に2回行ったか行かないかである。… 最初は4人麻雀をしていたが、メンバーの1人のKがどうしても3人麻雀をしたいというので、竹本氏が抜けた。私は3人麻雀がきらいなので気が進まなかったが、誰か替わりが来るまでというので応じた」(「同」4月17日号 )
「山崎はこの「3人麻雀」が今回の容疑事実だとしている。そして自分が現行犯でもないのに麻雀賭博容疑で逮捕されたことは不当であるとし、かつ政治的背景のある逮捕であると主張した。そのうえで麻雀屋に警察が踏み込んだ時、たくさんのカメラマンがついてきており写真を撮ったのは不自然だとも主張している」(「反逆の裏にある顔」北林芳典 )
4月15日  創価学会、福島源次郎、池田大作名誉会長に「誠諫之書」(第1回) を送附。( 全3回 )
4月16日
 宗門、智妙寺(千葉)落慶入仏式、阿部日顕管長「法華講総講頭・池田先生ほか創価学会の幹部の方々、また一般会員の方々が、この大聖人様の仏法、そして日蓮正宗をどこまでも護り、広宣流布をしていくこと以外に人類の幸せはないという深い信念においてこのような供養をしてくださっておるということを、私は有り難く存じておるのであります」(「聖教新聞」4月17日号 )
4月26日  チェルノブイリ原子力発電所事故。ソビエト社会主義共和国連邦、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で、大規模な爆発事故発生。4号炉は保守点検作業中で、冷却水用電源をタービン発電機の慣性回転による発電で確保する実験を行っている最中、原子炉が暴走し蒸気爆発を起こした。
4月27日
 顕正会、日本武道館で第24回総会挙行、1万有余名が参加。浅井昭衛会長、一国広布の具体的大路線発表、「百万を十年で、三段階で一国広布を
「三年半前の総会において私は、日本は将来三つの原因、とりわけ世界大動乱の大渦に巻きこまれ、必ず破局に至るということを断言いたしました。これは私が凡夫の勝手な見解から申したことではありません。経文には末法の時代を「闘諍堅固」と定め、さらに御本仏日蓮大聖人は「前代未聞の大闘諍、一閻浮提に起こるべし」… と御断定さおります。… ゆえに私は、いままさにその時なりと考え、これを云い切ったわけであります。…
 日本海を基地とする太平洋艦隊はソ連海軍中の最大規模のものとなり、… いまや日本列島はソ連の潜水艦・爆撃機・核基地に取り囲まれ、完全にその勢力権下にあるという状態になっております。思えば、大事の御遺命が日蓮正宗において曲げられ始めたのが、昭和四十年でありました。そしてそれより間もなく、ソ連の目が徐々に日本に向けられ、ついに今日の重大なる脅威に至ったこと、仏法の上より見る時、まことに重大と感ぜざるを得ません。…
 思うに非力の凡夫が、一国広布などという重大事を、たやすく口にすることは憚りがある。… しかるに顕正会はこの弾圧の嵐の中に必死の折伏弘通を進め、昨年五月、ついに十万の弘通を成しとげたのであります。かくのごとき事例 七百年の歴史に未だ曽て見ぬところ、このような難事がどうして非力の凡夫になし得ましょうか。…
 私は、広宣流布までの目標を、三つの段階に分けて考えております。第一の目標は百万の達成であります。第二の目標は一千万。そして第三が一億までの弘通であります。まず第一の目標百万を、私は今後十年間で成しとげようと決意しております。そして百万から一千万までを次の七年で成しとげる。さらに一千万から一億の弘通を、次の七年で成しとげる。これが私の決意であります。非力の凡夫の成し得るところではないが、御本仏の御守護を頂けば必ず成しとげられると、私は確信しております。…
 顧れば、顕正会がやっとその弘通千名に達したのが昭和三十四年、そして十倍の一万になったのが昭和四十七年、この間十三年でありました。そしてまた一万から十万までが、同じく十三年間でありました。… これを以て思うに、いまあらゆる試練を乗りこえ、仏勅を承けて立つ十一万三千の顕正会が、今後十年間で、どうして百万の弘通が出来ないことがありましょうか。私は断じて出来ると強く強く確信しておりますが、皆さんいかがでしょうか。(大拍手) …
 正系門家日蓮正宗が、いつまでもこのように御遺命を曲げたままの状態でいることがあり得ましょうか。顕正会の弘通が進むにつれ、必ずや英邁な御法主が出現され、顕正会の純粋な信心と一筋の御奉公を、深く御信頼下さる時が必ずまいります。…
 将来、全国民の過半数がお題目を唱えるようになった時、この憲法改正も必ず実現いたします。この憲法改正こそ御遺命実現の上の最大の関所、そしてこの戦いこそまさしく「第三の戦い」の完結であります。そしてこの時、「勅宣並びに御教書」は申し下され、富士山天母原に国立戒壇が厳然と建立され、戒壇の大御本尊がお出ましになるのであります。…
 もうすでに時は来ております。いま広宣流布ができなければ日本は亡びる、世界は亡びる。「我日本の柱とならむ、乃至ちかいし願やぶるべからず」と仰せられた大聖人様が、この人類絶滅の悲惨をどうして傍観遊ばすでしょうか。ならば必ず広宣流布は遠からず実現いたします。… 本日の大総会を期として、全員が一国広布の最終地点を見据え、まず第一段階の百万をめざし、本日より怒濤の前進を開始しようではありませんか。(大拍手)」(「冨士」第268号 )
4月29日
 顕正会、浅井甚兵衛顧問 第三回忌法要、本部会館で厳修。浅井昭衛会長「いま顕正会は一国広布の最終地点を見据えて立つ段階に立ち至った。この御奉公を成し遂げることこそ、顧問先生への最大の報恩」と挨拶。
 本部会議開催、浅井昭衛会長「百万への初陣、まず三千の折伏を」と。
5月3日  創価学会、学会芸術部員 此木三九男、「アトリエの茶郎」と題する詩集を発行し、池田大作名誉会長を痛烈に風刺。
5月4日
 顕正会、壮年部・婦人部合同幹部会開催(豊島公会堂)。壮年部 439名、婦人部 489名が参加。
 浅井昭衛会長「大総会での発表こそ、顕正会29年の戦いを背景とした、私の命かけた発言である」
5月6日  大阪高等裁判所、正信会僧侶 久保川法章師(蓮華寺)の "僧籍剥奪処分"控訴審において「大阪地裁の現判決 (処分有効・久保川法章は寺を開け渡せ) は失当であるからこれを取り消す。本件の訴訟は、その実質において宗教上の争いに他ならず、裁判所が法律を適応して終局的な解決をするのは不可能」との判決を下す。( 月刊「諸君」7月号 )
 宗門・創価学会、判決を不服として上告。
5月7日
 顕正会、女子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者 1,000名。
5月8日
 顕正会、男子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者871名、浅井昭衛会長「第三の戦いこそ男子部の正念場」
5月11日  創価学会、本部長の集い開催 (神奈川文化会館)、池田大作名誉会長「法水写瓶の血脈にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つとも無益であり、功徳はないのである。すなわち『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』なのである。日蓮正宗を信奉し広布に挺身する創価学会には、『信心の血脈』が脈動している」(「聖教新聞」5月13日号 )
5月16日  創価学会、池田大作名誉会長、「大腸ポリープと7つの潰瘍」の病状を漏らした3人の医師(創価学会ドクター部)を解任。(「週刊宝石」5月15日号 )
5月18日  創価学会、学会本部常住御本尊御下付35周年記念勤行会(学会本部)。
 池田大作名誉会長「この学会本部常住の『大法弘通慈折広宣流布大願成就』の御本尊は … 総本山大石寺において、御法主日昇上人より、直接、戸田先生に御下付いただいている。… 日昇上人は第六十四世の猊座に登られた方で、御歴代の御法主上人は、みな学会を深くご理解くださっていたが、ことのほか学会を愛し、大切にしてくださった。そのお人柄、お振る舞いは、まことに敬い、尊ぶべき猊下であられた」(「聖教新聞」5月19日号 )
5月23日
 顕正会、本部会議開催、「学習会」を「御書講義」と改称。
5月25日  創価学会、聖教新聞、本部幹部会での "金銭貸借禁止" 記事を掲載。
 山崎良輔副会長「同志間の金銭貸借や組織を利用してお金を集めることは、いままでも厳に戒め合ってきたが、今後ともこの伝統は、いささかも変わってはならない」
5月25日  新日本出版社(共産党系)、吉良陽一著「実録創価学会=七つの大罪」を出版。
5月26日
 顕正会、5月度総幹部会開催、浅井昭衛会長「顕正会は戒壇の大御本尊厳護の大精神に立ち、あらゆる仏敵を粉砕する」
5月26日  創価学会、聖教新聞社説「異体同心で新章節の建設へ」、「今日までの学会の勝利と栄光の歴史は、この御本仏の御金言通り、大御本尊を根本に、御法主上人の御指南を仰ぎつつ、歴代会長を中心にした、麗しき『異体同心』の歩みの中につづられてきた」(「同」5月26日号 )
6月1日
 顕正会、浅井昭衛会長、巻頭言「一生成仏」を執筆。
6月2日
 顕正会、男子部幹部会、豊島公会堂で開催、参加者 856名。浅井昭衛会長「この男子部に天下の人材が集ることを私は確信している。第三の戦い始まるまでに、力ある人材が揃わなければいけない」
6月3日
 顕正会、女子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者 1,007名。
6月5日
 顕正会、壮年部・婦人部合同幹部会、豊島公会堂で開催。壮年部 447名、婦人部 567名が参加。
6月8日
 顕正会、第1回新潟大会、万代シティーホールで開催、参加者 350名。浅井昭衛会長「新潟には大聖人様の尊き足跡が印されている。七百年前のこの大慈悲の御化導が、今日花開き、新潟広布の時を迎えたのである」
6月8日  創価学会、千葉県本部長会開催(千葉文化会館)、"聖教文化賞" など5賞の合同授賞式。
 池田大作名誉会長「民衆を軽んじ、侮蔑していくような指導者は、全くの時代錯誤の存在であると言わざるを得ない。… 宗教の権威をかさにきて、表面的にはさも立派そうにみせながら、その実、信者をへいげいしている宗教家も多い。信者をあたかも自分の家来のごとく扱い、何でも自分のいうことをきくのが「善男善女」だと思っているフシすらうかがえる。これは実に恐ろしいことである。とんでもない錯誤であると言わぎるをえない。私どもは、そうした姿が宗教本来の在り方からどれほど隔たっているかを、鋭く見破っていかなければならない」(「聖教新聞」6月10日号 )
(※ "お詫び登山" 以後、宗門に恭順の発言を繰り返していたが、ここで本音の "52年路線" が顔を出した。櫻川 忠 )
6月1022日
 顕正会、6月度御書講義、「弥源太殿御返事」を拝読。参加者 7,273名 (全国66会場)
6月25日
 顕正会、6月度総幹部会開催、5・6月度折伏成果 3,847名。
 総務に森本征昭・加藤礼子・長岡孝志 任命さる。
6月27日
 顕正会、支区部長会開催、浅井昭衛会長「組長の育成こそ大事である。抜擢しただけでは人材は育たない。支区部長・地区長・支隊長・総班長は常に組長を見守り、心を通わせ、暖く励まし組長の信心を守ってほしい。広宣流布はいつに組長の成長にかかっている」
7月1日
 顕正会、浅井昭衛会長、巻頭言「勤行こそ仏道修行の基本」を執筆。
 男子部幹部会、豊島公会堂で開催、参加者 878名。浅井昭衛会長「男子部の精鋭一万が集う時、一国は必ず動く。"第三の戦い" の開始までには、この一万結集を成しとげねばならぬ。男子部幹部はこのことを胸に刻め」
7月1日  諸君、内藤国夫の創価学会批判記事掲載。記事中に無断で、福島源次郎の「諌言書」(4月15日)を引用、出処は石田次男。(「同」8月号 )
7月2日
 顕正会、女子部幹部会、豊島公会堂で開催、参加者924名。浅井昭衛会長「千数百名の組長全員が力ある人材に成長したら、どれほど素晴らしい女子部になるか。女子部の将来は、いつにかかって組長の成長にある」
7月6日  衆参同日選挙、第38回衆議院議員総選挙。自由民主党圧勝、公認候補のみで300議席を獲得、結党以来の最高記録。公明党、3人落選し 57議席獲得。
 第14回参議院議員通常選挙、自由民主党は過半数を20議席近く上回る勝利。
7月7日
 顕正会、壮年部・婦人部合同幹部会、豊島公会堂で開催。壮年四三一名、婦人五二九名が参加。
 浅井昭衛会長「壮年部・婦人部が、広宣流布に御奉公できる力ある組織に育ってきたことは喜ばしい。全幹部は深々と題目を唱え、力強く広布を推進せよ」
7月9・22日
 顕正会、7月度御書講義、「顕立正意抄」を拝読。参加者 7,303名 (全国68会場)。
7月12日  創価学会、秋谷栄之助会長再任さる。
7月28日
 顕正会、7月度総幹部会開催。浅井昭衛会長「顕正会三十年の歴史を貫く一貫不変の大精神は、大聖人様への一筋の忠誠心、すなわち広宣流布の大道念である」と。
7月 日
 宗門、常泉寺(墨田区)にて創価学会と連絡会議。大村寿顕教学部長、財務について創価学会に質問。
「連絡会議の場ではなく、その終了後の別室における席上であります。大村教学部長は、福島源次郎氏の言葉のみによったのではなく、一般の人々の間でも噂になっていることでもありますので、あえてその噂を否定するつもりで、「財務をノルマのようにしてはいませんね」と伺っただけのことであります」(「『お伺い』書に対する宗務院の返書」90年12月29日付 )
8月3日
 顕正会、浅井昭衛会長「顕正会『試練と忍従』の歴史」を執筆。
「顕正会発足三十周年を明年に控え、富士「編集部」に乞われるまゝ、数年前の原稿に加筆して「試練と忍従の歴史」をここにまとめた。既報の「御遺命守護の戦い」(富士第二五〇号)と合わせ見れば、顕正会三十年の歴史は炳焉である。
 顕正会の歴史を見る時、誰人もその流れが三つの時代に截然と区分されていることに気づくであろう。すなわちその第一は「試練と忍従」の十二年であり、その第二は「御遺命守護」の十二年、そして第三は二十有余年をめどに、いま戦いつつある「一国広布」の時代である。しかし、このように三期に分かれていても、顕正会の精神は一貫不変である。それは、大聖人に対し奉る一筋の忠誠心、すなわち広宣流布への大道念以外にはない。
 時の不祥なるかな、顕正会は創価学会が日蓮正宗の中において御遺命を曲げんとする時に、たまたま生まれ合わせたのであった」(「冨士」第271号 )
 女子部幹部会、豊島公会堂で開催、参加者 994名。浅井昭衛会長「8月3日は顕正会にとって最も大事な記念すべき日である。ゆえに一昨年顧問先生のお墓を立てた時も、私は『八月三日、之を建立す』と裏書きした。この8月3日こそ、顕正会が広宣流布の前進を開始した日である」
8月7日
 顕正会、男子部幹部会、豊島公会堂で開催、参加者 956名。
8月9日  文芸春秋、「池田大作に迫る四人の反逆者」(内藤国夫)掲載。(「同誌」9月特別号 )
8月10日
 顕正会、壮年部・婦人部合同幹部会、豊島公会堂で開催。壮年 491名、婦人 579名が参加。
 浅井昭衛会長「日興上人の御遺誡廿六箇条こそ、大聖人の弟子たる者の憲法である。顕正会はこの精神で一貫して御奉公を貫いて来た」
8月18/25日
 顕正会、浅井昭衛会長、特別講習会「なぜ信心せねばならぬか」開催、参加者 8,217名 (全国74会場)。
8月21日
 顕正会、浅井昭衛会長、本門正宗 主宰・小野寺日了に、文書を以て法論対決を迫る。
8月23日  本門正宗、小野寺日了主宰、浅井昭衛会長との法論を応諾。
8月26日
 顕正会、8月度総幹部会開催、浅井昭衛会長「この9月、私は背水の陣で邪教の根を切る戦いを進める。皆さんは3千突破の大折伏をなしとげてほしい」
8月31日
 顕正会、渋川事務所(群馬県)落成御入仏式。
 浅井昭衛会長「将来、この渋川事務所ほどの規模の法城を、全国に数十・数百と作っていきたい。広布の法戦の途上においては、豪華な建物は必要ない。大事なのは燃える情熱と鉄壁の組織である」
9月1日
 顕正会、男子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者 897名。
9月2日
 顕正会、浅井昭衛会長、小野寺日了と法論についての「約定書」を取り交わす。
9月3日  創価学会、池田大作名誉会長、ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャーと対談。(「聖教新聞」9月3日号 )
9月8日  本門正宗、小野寺日了主宰、法論を回避せんとして文意曖昧な文書を二通、浅井昭衛会長に送る。
9月11日  創価学会、9月度全国県長会議開催(広宣会館)。太田昭宏が総合青年部長、浅見茂が青年部長、忍田和彦が男子部長、林総一郎が学生部長に就任(「聖教新聞」9月12日号 )
9月12日
 顕正会、竜の口法難御報恩勤行会、本部会館で厳修。
9月12日  本門正宗、小野寺日了主宰、法論実施を迫る顕正会の法論交渉委員に対し、暴力行為におよぶ。
9月18日
 顕正会、浅井昭衛会長、小野寺日了主宰に対し「小野寺日了が、約定書に違反して法論を逃避したことを確認・断定する。もしこれに異議あらば、直ちに申し出よ」との最終確認の文書を送附。
9月20日  本門正宗、小野寺日了主宰、「貴殿の使者は9月12日暴力行為を働いた。よって法論は延引する」と返書。
9月21日
 顕正会、秋田事務所、秋田市泉馬場に開設さる。
9月26日
 顕正会、9月度総幹部会開催、9月度折伏成果 3,392名。9月末会員総数 119,980名。
 浅井昭衛会長「小野寺が法論を逃げた以上、私は文書を以てこの邪教の根を断つ。… 広宣流布が進めば、戒壇の大御本尊を誹謗する邪宗は続々と出てくる。顕正会こそ日蓮正宗を代表して、これらの仏敵と戦い、身を捨てて大御本尊を御守護申し上げねばならぬ」
 男子部長に小川善紀、男子部副部長に浅井克衛、城北支部長に加藤昌昭 任命さる。
9月29日  週刊現代、顕正会と本門正宗との法論経緯を報道。(「同誌」10月11日号 )
10月1日
 顕正会、浅井昭衛会長、巻頭言「広宣流布の針先に当る喜び」、「いま顕正会は日蓮正宗を代表して、まさしく広宣流布の鉾先に当っているのである。歓喜雀躍、この大使命を全うしようではないか」(「冨士」第273号 )
 男子部幹部会、豊島公会堂で開催、参加者 875名。
10月2日
 宗門、第2回総本山大石寺開創七百年記念慶祝総合会議(総本山)、六壺の新築計画決定さる。
 池田大作名誉会長「ここに全信徒を代表いたしまして、この新六壺の建設に呼応して、その前庭ともなる大客殿前の広場を、大化城の跡地も合めて拡張、整備するなど、猊下の御指南を仰ぎつつ、荘厳申し上げたいと発願するものであります」(「聖教新聞」10月3日号 )
10月2日
 顕正会、女子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者 940名。
10月2日  創価学会、北京で「核兵器 現代世界の脅威」展を開催。
10月5日
 宗門、阿部日顕管長、池田大作名誉会長と「第7回世界青年平和文化祭」に出席。(「聖教新聞」10月6日号 )
10月8日
 宗門、徳威寺入仏法要、阿部日顕管長「つい最近の宗門の情勢のなかでも一部の僧侶の者どもが、仏法の流布の深い因縁も知らずに総本山に背き、またこのように日本ないし世界に大法を広宣流布してくださったところの創価学会の方々に怨嫉を生じ様々な悪口雑言を唱え、そして宗門の僧侶にあるまじき姿をもつに至りました。これらの者どもについて、いかに論じても改めることがありませんので、ついにその者どもを破門にしたのでございます」
10月9・21日
 顕正会、10月度御書講義、「佐渡御書」を拝読。参加者 7,590 (全国82会場)
10月11日  米ソ首脳会談、アイスランドのレイキャビクで、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長が核軍縮に関する首脳会談。ゴルバチョフは、「アメリカがSDIを断念すれば、ソビエトは核兵器全廃に踏み出す」と、大胆な提案をした。
10月12日
 顕正会、第9回高知支部大会、県民文化ホールで開催。参加者 1,513名。
 浅井昭衛会長「本部から遠くはなれたこの四国高知で、熱烈な信心が実践されていることこそ、一国広布は必ずなるの瑞相・さきがけである」
10月12日
 正信会、山口法興師 (妙真寺)、韓国法務省より不法布教活動の理由により、退去通告処分を受く。(「東京新聞」10月13日号 )
10月13日
 顕正会、御大会式、本部会館で奉修。浅井昭衛会長「一期弘法付嘱書」について講演。
「さて、大聖人の御真筆御本尊は、現在日本各地に百五十数幅伝えられております。… 御真筆御本尊は一機一縁といって個人に授与された御本尊であるが、戒壇の大御本尊は一閻浮提総与、すなわち全世界の人類に授与された総体の大御本尊であります。… 今日、身延・中山等の謗法の諸寺に、御真筆御本尊が多数現存しておりますが、これらの御本尊を私達は拝みません。なぜかといえば、謗法の寺には大聖人様の御魂は住し給わない。…
 大聖人様は末法万年の不朽を慮られ、楠を以て「本門戒壇の大御本尊」を造立遊ばされたのであります。楠の樹脂は樟脳の原料となる。だから虫がつかない、腐らない。この楠の厚き板、いや「板」という概念が当てはまらぬほどの重厚なる材質を大聖人様は選び給い、縦四尺七寸五分(一四四センチ)、横二尺一寸五分(六五センチ)の一幅に、久遠元初自受用身の御内証の全体を御図顕遊ばされた。まさしく末法の御本仏の御法魂をここに留め給うたのであります。…
 歴代御法主がこの戒壇の大御本尊をいかように苦心され、命をかけて厳護されて来たか。あの南北朝の動乱のおりには、日目上人は兵火が大石寺に及ぶを懸念され、密かに奥州まで大御本尊を御遷し申しげたこともある。また幕末の神風連の騒ぎのあった時、時の御法主日霑上人は、やはり密かに大御本尊を江戸まで御遷しして御守護されております。この時、警護申し上げた信徒の一人に賞与御本尊が授与されておりますが、その脇書には「御大事守護の功績により、授与する処件の如し」とあります。実はこの賞与御本尊は、妙縁寺御住職・松本日仁尊能師より私が託され、いま顕正会本部でお預りしております。…
 この大御本尊は、広布の日まで一切公開されない「秘仏」であります。… 顕正会は、この大事の御奉公を成し遂げて、晴れて戒壇の大御本尊にお目通りさせて頂きたい。大聖人様の御意に叶うお目通りをさせて頂きたい。一生に一度でよい。これが私の念願であります。…
 いま世界を見れば、米ソの首脳会談も決裂いたしました。今後一進一退はあるとも、一閻浮提大闘諍の大渦はもう誰も止めることができない、じりじりと廻わり、そして迫りつつあります。所詮、仏国を築く以外に日本を救う道はない」(「冨士」第275号 )
10月13日
 顕正会、浅井昭衛会長、「叱呵痴犬抄」(- 小野寺日了一党の悪義を破す -)を著わす。
「しかるに近年、小野寺日了という邪僧、「本門正宗」なる邪教を横浜に作り、盛んに大石寺の大御本尊と血脈を誹謗するを見る。この邪教の所論を見るに、すべてこれ大石寺の義を盗み取り、あたかも自宗が本来の大石寺の伝統を継ぐかのような大誑惑を構えている。昔より正法に敵対する怨嫉者に妄語と誑惑は付きものであるが、小野寺日了・山口稔・玉井礼一郎等一党は、かの提婆・瞿伽梨も舌を巻き、善無畏・弘法も三舎を避けるほどの大それたものである。
 かかる邪教を放置すれば、定めて学会退転者等無智の者の中に、惑わされる者も出よう。またかかる大御本尊誹謗の甚しきを見て、置いて呵責せねば、「仏法中怨」の責めは遁れがたい。ゆえに先般小野寺に対し法論を申し入れ、一挙に事を決せんとするに、彼これを避く。よって彼等一党の誑惑の大綱をここに掲げて粉砕し、以てその根を断たんとするものである。…
 以上、小野寺日了一党の誑惑、その大綱を掲げ、ここにその根を切断し畢った。… しかるにこの者また怖畏懺悔なき一闡提、あるいは提婆のごとく「南無」ばかりにてやむか。不憫、不憫」(「冨士」第274号 )
10月19日
 顕正会、水戸事務所、茨城県水戸市に開設さる。
10月21日  創価学会、池田大作名誉会長、中国人民対外友交協会・中日友好協会より「平和友好杯」を贈らる。(「聖教新聞」10月21日号 )
10月26日
 顕正会、第7回大阪支部大会、京都労働者総合会館大ホールで開催。参加者 646名。
 浅井昭衛会長「私は一千結集を関西広布の一つの節と考えている。いよいよ明年の大阪支部大会で一千結集を実現せよ」
10月27日
 顕正会、10月度総幹部会開催、浅井昭衛会長「顕正会こそ、今後次々と出てくる仏敵を粉砕して、広宣流布の道を開いていかねばならぬ立場にある」
10月29日  創価学会、本部職員・小田仁 伯、創価学園卒業生をゲリラ的に池田大作名誉会長と面会させる。
「筆者は太田昭宏青年部長への面会を申し入れた。用件は、太田氏と面識のあるN青年を伴っての面談であったが、本当の目的は、この案内所で池田大作を捕まえ、N青年と池田を引き合わす事にあった。… 池田大作は、案内所前で乗用車から降り、来客を伴って本部の中へゆっくりと入ってきた。… N君は「センセー、Nです!センセー、Nです!」と声を張り上げ、「センセー!お話があります」と、駆け出しながら池田に迫っていった。… 池田大作はN君の行動を見て、身構えながらも余裕の態度で「おう!君か!」(※池田はN君とは創価学園の校友会で会っている)と言いながらも、後ずさりし、突然、脱兎のように逃げ出したのである」(「"イケダ体験"雑感」小田仁 伯 「慧妙」2003年12月1日号 )
11月1日
 顕正会、男子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者 833名。浅井昭衛会長「百万以後、顕正会が力を以て一国を諫暁する時、三類は必ず顕われる。その時までに男子部は力ある人材の集団に成長せよ」
11月2日
 顕正会、第1回秋田大会、秋田県農協ビルで開催。参加者 276名。浅井昭衛会長「秋田杉のような真っ直な信心を貫け」
11月3日
 顕正会、女子部幹部会、豊島公会堂で開催。参加者 951名。浅井昭衛会長「信心の功徳は必ず今生に現われる。仰せのままの信心で御金言を実証しよう」
11月5日
 顕正会、壮年部・婦人部合同幹部会、豊島公会堂で開催。壮年 409名、婦人 534名が参加。
11月10/23日
 顕正会、11月度御書講義、「観心本尊抄」を拝読。参加者 7,580名 (全国84会場)。地方における参加者が、初めて東京を上廻わり、52%におよぶ。
11月15日
 顕正会、第三祖日目上人御報恩勤行会、本部会館で厳修。浅井昭衛会長「日興跡条条事」を奉読、「日目上人こそ、末法下種の三宝に仕え奉ることかくの加くあるべし、ということを万年に示されるために御出現された聖者であられる」
11月20日
 宗門、宗祖日蓮大聖人御大会式奉修 (総本山)。
 阿部日顕管長「近年、創価学会の勇猛精進の大折伏により、この正法正義が世界に広布することは、まことに釈尊の予言、宗祖大聖人の御金言、符節を合するところであります。この正法流布の功徳はまた、算数譬喩も能わざるところであります」(「大日蓮」第491号 )
11月20日  公明党、竹入委員長、辞意表明。(「読売新聞」11月20日号 )
11月26日
 顕正会、11月度総幹部会開催、10・11月度折伏成黒 3,494名。11月末会員総数 123,474名。
 浅井昭衛会長「顕正会は広宣流布の生命体である。いかなる幹部もこの組織からはずれれば、たちまち弱々しい愚痴のいのち、もとの素凡夫に戻ってしまう。… 私は破局の号鐘たる巨大地震が、一年でも、一月でも、一日でも遅くなることを願っている。そのゆえはまだ顕正会の力が足りないからである。一日も早く、仏弟子として一国に立正安国の大師子吼をなせる百万の法城を築きたい」
 全支部に、事務長が任命さる。
11月28日
 顕正会、支区部長会開催、浅井昭衛会長「本日集った幹部は、それぞれ広布推進のリーダー、一方の旗頭である。みな分々に応じ広布の重責を双肩ににない、多くの同志を励ます立場にある。この姿はまさしく地涌の流類である。ただし肩の荷をはずし煩悩に流されれば、もとの素凡夫にもどってしまう」
11月30日
 顕正会、第一回名古屋大会、名古屋通信ビルで開催。参加者 280名。
 浅井昭衛会長「尾張法難の名古屋の地において、本日より東海広布の大潮流を起こせ」
12月4日  公明党、第24回党大会開催。竹入義勝が委員長を退き,矢野絢也が委員長、大久保直彦が書記長に就任。
 矢野新委員長、就任挨拶「全身全霊で職を全うしたい。力のかぎり党の最前線で戦い、国民のなかに飛び込む」と決意表明、新基本方針を「フレッシュ・オープン・エキサイティング」と。
12月5日  公明党、矢野殉也新委員長、"黒い金脈" 暴かれる。(「現代」12月号 )
12月10日
 顕正会、教学部会、浅井昭衛会長「撰時抄」を講ず。
12月13日  創価学会、池田大作名誉会長、聖教新聞社でノリエガ将軍と会談。
「会談では、一年半ぶりの再会を互いに喜びあうとともに … 席上、将軍に対して『創価教育栄光賞』が、またパナマのチュー理事長に『聖教文化賞』が贈られた。なお、この日午後、同将軍は総本山大石寺に詣でた」(「聖教新聞」12月14日号 )
12月14日  創価学会、聖教新聞、パナマ共和国・ノリエガ将軍の「私は名誉会長を人生における哲学上の師として尊敬している」を掲載。
12月23日
 顕正会、12月度総幹部会開催。
 

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