迷走する顕正会を斬る


淺井昭衞会長の足跡と変節

    顕正会年表 (私家版)


      
昭和37年 (1962)         _
1月1日
 妙信講、浅井甚兵衛講頭、年頭の辞「前進」
「広宣流布は実に仏法による全民衆の幸福実現そのものなのである。これほどの大善は他にあり得ぬ。今、その時を迎えたのである。しかも上に六十六世法主、日達上人猊下を戴き、もし勇猛精進の意気満たぬものは名誉ある正宗信徒の資格を自ら抛つものといえよう。勇猛精進とは即前進である。…
 前進とは折伏進軍のみならず、本年こそ各個人がその生活に目標を立てて、家庭においても幸福への前進を図るべきである。正しき仏法を行ずるものとして、全講員が本年も一段と幸福に満んことをひたすら念願する次第であります。昭和37年元旦」(「顕正新聞」第46号
1月1日  創価学会、戸田城聖監修 小平芳平(著) 「日蓮正宗教学問題の解説」 発刊。
1月1日  鳳書院、小平芳平(著) 「創価学会」 発刊。
1月1日  信人社、高橋智遍(著) 「創価学会が真実なら ― 私は日蓮聖人の信仰をやめる」 発刊。
1月1日  実業之世界社、世界仏教協会(編集) 「創価学会を折伏する」 発刊
1月1日  真世界社、国柱会教務部(編集)「創価学会批判」発刊。
1月1日  新仏教平和会、古川末喜(著)「日蓮聖人と創価学会」発刊。
1月1日  真宗学寮、伊藤義賢(著)「創価学会の批判」発刊。
1月17日  創価学会、公明政治連盟。「基本要綱」と「政策要綱」を記者発表。
「基本要網」には「われらの政治理念は、日蓮大聖人の立正安国論の精神を根本とし、その最高の哲理と最大の慈悲を基調とし、近代的にしてもっとも民主的な団体としての活動を行なうとともに、いっさいの不正に対し、厳然たる態度を明確にすることを公約する」と。
1月25日  創価学会、大阪事件判決。池田大作会長には無罪判決、他の創価学会員2人には罰金刑、及び公民権停止。
「池田は大阪で傍若無人な選挙運動を繰り返しており、すでに悪名高かった。そのため、検察は池田に対し、かなり過酷な取り調べをしていたのだ。この事実をもとに裁判長は、池田に関する検事調書をことごとく却下した。池田大作は、この裁判長の情熱的な正義感のお陰で命拾いし、無罪になった」(『日蓮正宗の敵・池田創価学会を解散させよ』龍年光著 )
1月27日  創価学会、聖教新聞、判決批判の特集記事掲載。『大阪事件に勝利の判決』、『無実の罪晴れる』、『むりやりにねつ造、反感と偏見の検察陣』、『拷問に等しい取り調べ』など。
1月27日  創価学会、「東洋学術研究所」(現・東洋哲学研究所)設立。
1月29日  創価学会、「会長講演集 第五巻」発刊。
2月1日
 妙信講、2月度班長会開催。浅井甚兵衛講頭「班長以上の幹部は妙信講の機関車である自覚をもって一層の信心の充実を図ってもらいたい」(「顕正新聞」第48号
 教学誌「富士」第2号発刊。
 冨士、巻頭言、浅井甚兵衛講頭「誇るべき伝統
 冨士、本部企画室長・青年部長 浅井昭衛「仏法とは何か(二)」
2月12日  創価学会、バンコク、香港に支部結成。
3月1日  創価学会、公明政治連盟(公政連)、 記者会見で具体的政策を発表。日中貿易の促進、沖縄復帰の推進、勤労所得税の撤廃、北方領土の返還、税制の簡素化、中小企業の近代化、農林漁業の振興、教育制度の刷新、社会保障の充実、住宅問題の解決、災害の抜本的解決、交通問題の解決、最低賃金制の確立、など15項目にわたる具体的政策を発表した。
3月3日
 宗門、創価学会の建立寄進による大坊落慶式奉修。
 池田大作会長、「日本一国が広宣流布された暁には、民衆の総意によって国立戒壇を建立するのです」と。(「聖教新聞」3月4日号 )
「これ以降、池田会長の『国立戒壇』への言及は途絶える」(「迷走する顕正会を斬る」櫻川忠)
3月3日
 宗門、池田大作会長を「法華講大講頭」に任命。
3月4日
 妙信講、教学部。昇格試験、登用試験実施。
「昇格並びに登用試験は、去る3月4日文京の社会福祉会館で一斉に実施された。すなわち助師への昇格試験は午後2時から3時間にわたって会議室で、また部員登用試験は午後7時から2時間にわたって大ホールで行われた。受験者総数は167名、そのうち昇格に25名、登用に142名で、昨年を大きく上回るものであった」(「顕正新聞」第50号
3月10~12日
 妙信講、総本山大客殿建立内陣御供養に参加。
3月25日
 妙信講、3月度総幹部会開催。
「総幹部会は、さる3月25日午後7時から墨田区吾妻橋の妙縁寺で盛大に開かれた。席上3月で、年間三大目標のうちの二大目標、教学の昇格登用試験、並びに大客殿建立内陣御供養を見事な成果で飾った妙信講は、さらにゆるまず本年の最大目標2千世帯達成を目指して進軍する …
 本堂いっぱいにつめかけた2百数十名の全幹部は、浅井本部企画室長の闘争方針にこたえ、講頭先生の力強い指導に奮い立ち勇躍歓喜して散っていった」(「顕正新聞」第52号
3月27日  創価学会、池田大作会長。「それからもうひとつの公場対決の原理は、これは選挙です。国会に議員を送って国会の中で日蓮正宗の仏法が正しい、日連正宗の仏法を奉持した人々の議員は、たしかに国家のために、民衆のために、あらゆる政治家の代表として尽しているということを示すことが公場対決になるのです、今では」と。(「聖教新聞」3月28日号 )
3月30日
 妙信講、教学部。「文底秘沈抄」講義開始。
4月1日
 宗門、大客殿落成にともない、池田大作会長を「法華講総講頭」に任命。
「昭和37年4月1日、大客殿落成と共に池田は法華講総講頭になった。総講頭というのは日蓮正宗全信者の指導者である。だからその任命式のとき細井日達上人は、満座のなかで池田に「日蓮正宗の信徒は、ことごとくお任せします」と明言している。… 法主をはじめとして宗門全僧侶、そして法華講が、一致して阿諛称賛しているのだった。池田が"宗門統制は成った"と思いこんだのも無理はない。指導する人もいなければ頭をおさえる人もいないとなれば、たいかいの人間はノボセあがる。池田も例外ではなかった」(『冨士大石寺顕正会』下山正恕 )
4月2日  創価学会、鳳書院より創価学会教学部編 『日蓮正宗・創価学会批判を破す』を発行。
「じつに、国立戒壇の建立こそは、第二祖日興上人にのみ御遺命になった」、「日蓮正宗のみが、大聖人の御遺命をうけて、富士山に事の戒壇(国立)を建立しようと、必死の努力を続けてきたことは明白になった。近ごろは、田中智学門流でさえも、囀っている」、「智学はもともと邪宗身延派の出身だが、戒壇の大御本尊に反逆したほかは、ことごとく日蓮正宗の正義を盗みとって、富士戒壇説、蔓茶羅本尊論、法国冥合、三秘説などの邪義をかまえ、国柱会を創設して、おおいにその邪義を宣伝した」と。
4月2日  創価学会、「公明新聞」を創刊。(月2回刊行、2ページ建て)
4月24日
 宗門、中野教会(東京杉並区)、昭倫寺と寺号公称。
4月29日
 妙信講、婦人部第2回大会開催(豊島振興会館)、450名結集。
4月 日
 宗門、法華講全国連合会、「法華講総登山ニュース」発刊。次号から「大白法」となる。
5月3日  創価学会、第24回本部総会開催。
 山喜房仏書林、東大法華経研究会編著『日蓮正宗創価学会』刊行。
5月6日
 妙信講、千7百世帯突破。
5月15日  創価学会、英文紙『ザ・セイキョウニューズ』創刊。
5月25日
 妙信講、浅井甚兵衛講頭「参院選挙と我等の態度」表明。
「学会が強力に選挙を推進する所以は、広宣流布の手段としてであるに違いない。王仏冥合広宣流布は、宗門の七百年来の悲願である。日蓮大聖人の御一代の国家諌暁、さらに歴代法主上人の時の権力者に対してなされた身命を賭しての国諌、正宗信徒としてその御精神の烈々たるに接せば粛然として誰人も襟を正さざるを得ない。…
 学会の全力を持って推進しているこの運動に対して、如上の立場より我等妙信講員は清らかに推そうではないか」(「顕正新聞」第55号
6月1日
 妙信講、教学誌「富士」第3号発刊。
 冨士、浅井甚兵衛講頭「巻頭言
6月3日
 妙信講、第8回総会開催。(豊島公会堂)
「日蓮正宗妙信講第8回総会は、さる6月3日午後2時から池袋の豊島公会堂に1千4百余名の同士が結集して、盛大に行われた。席上、御来席を賜った指導教師妙縁寺御住職松本日仁能師の暖かい励ましのお言葉、さらに講頭先生の確信みなぎる信心指導に一同感激にひたりきった。浅井企画室長の「あと2年の」闘争指針に全講員の情熱は爆発、場内にはさらに新しい前進の息吹がうずまいていた」
 浅井昭衛企画室長「今から丁度二年前でございます。夏期登山会のおりに、 先生が猊下にお目通りをなさいました。『妙信講もやっと進軍の情熱がみなぎってまいりました。広宣流布のお役に立たせていただきます。ついて三千折伏達成の上は三千を集めて文京公会堂において猊下をお迎え申し上げたいと思うのですが是非ひとつ御来臨いただけますでしょうか』 こう熱願されたのです。猊下はただちに『わしがいってやろう!』とこう仰せ下さったのでございます。…
 どうせ人間は一度は死ぬんだ、若し死ぬならば死ぬ場所を決めようではないかと、猊下に先生が誓われたことだけを断じて反故にしてなるものか。… 三千達成して猊下をお迎えできたならば、いつ死んでもいいのだ! 断じて悔いはない、こういう気持でもっていっぱいでございました」(「顕正新聞」第56号
6月16日  創価学会、池田大作会長。「邪教などはみんなうまい事を言って、金を巻き上げ(略)、これが邪宗教の姿です。創価学会としては永久に皆さん方から、ただの1銭も寄付を願ったり、供養を願うようなことはいたしません」と。(「聖教新聞」)
(※ 「学会の施設には、賽銭箱がない」「学会の信仰は一銭も金がかからない」「学会は金儲けが目的ではない」というのが、創価学会員の自慢だった )
6月23日  創価学会、九州本部幹部会開催。池田大作会長、「法華初心成仏抄」講義。
「戸田先生は、空仮中の三諦にお説きあそばされています。宇宙それ自体も本尊である、それは空諦の本尊。わが身は仮諦の本尊である、大御本尊様は中道法相の本尊であられる、このようにも申されておりました。したがって、わが身が本尊といおうが、宇宙それ自体が本尊といおうが、それはまだ観念論です。日蓮大聖人様の図顕あそばされた、中道法相の大御本尊様に関係を結ばなければ、冥合しなければ、宇宙の本尊の実体も感じられないし、わが仮諦の本尊の事実の確信もできないわけです。そこに一大事の因縁としての、日蓮大聖人様の大御本尊様、ご図顕の不思議、それからまたありがさがあるわけなのです」(「会長講演集」第七巻 )
6月24日
 妙信講、7月度総幹部会開催。
「7月度総幹部会は … さる6月24日夜、文京の社会福祉会館で組長以上の幹部230名が集まって力強く開かれた。… 浅井企画室長は下半期の前進を展望すると共に、"本年度目標2千を9月までに達成しよう"と呼びかけ、一同の闘志をゆすった」(「顕正新聞」第58号
6月 日
 宗門、「大日蓮」誌、「王仏冥合の実現をめざして」の緊急特集。「平和楽土建設の実現は国立戒壇建立という王仏冥合の姿においてなされる」と。
(※『日蓮正宗・創価学会批判を破す』と連動か )
7月1日  第6回参議院議員通常選挙実施。公明政治連盟、9人( 全国区7、地方区2 )の全員当選。一挙に6議席増やし、議席15となって民社党に代わり、参議院の第三勢力に。
7月 日
 宗門、法華講全国連合会結成。会長 平沢益吉(創価学会顧問)、「会長の名はおこがましい」と自ら呼称を「委員長」に変更。
7月3日  創価学会、「巻頭言・講義集」発刊。
7月5日  創価学会、女子部幹部会開催。池田大作会長、「政界進出は当然」と。
「宗教団体が政界に進出することはとうぜんであり、いわんや、仏法のうえで、日蓮大聖人様のご遺命のままに、堂々と政界に進出するのが、わが創価学会の戦いなのであります」
7月6日
 宗門、総監選出規定をめぐり宗会紛糾、解散命令下る。
7月20日  創価学会、「会長講演集 第6巻」発行。
「あくまでも師匠は日蓮大聖人様即御本尊様です。それから『遣使還告』あそばされる、代々の御法主上人猊下です。われわれは全部その弟子です」と。
7月20日  公明政治連盟、参議院内における交渉団体の資格を得、院内交渉団体「公明会」を結成。
7月25日
 妙信講、8月度総幹部会開催。「青年部一千を堂々突破
7月31日
 宗門、法華講全国連合会、結成大会を開催。(大石寺・大講堂)5千2百余名が参加。
 細井日達管長「本日は、全国法華講の結成大会に当たりまして六千の法華講員が集合致し、ここに大会をせらるることは、誠にこの上もない喜びと存じます。わが宗が、宗祖大聖人宗旨建立から正法をまもってきたにもかかわらず、この七百年来、本宗は実に勢力微々たるものでありました。徳川時代の末の、今から百二、三十年前におきましても、わずかその時分の大石寺の法華講員は奥州地方法華講衆また福島地方の法華講衆、江戸地方、それからこの駿河地方それから金沢、それから浪速、それだけが中心の法華講衆でありました。… それが明治維新になって、信教の自由によって、あの名古屋地方が盛んになり、あるいは九州地方において、あるいは信州において、それぞれ正宗の信徒がふえていったのでございます」
(※ 宗門の正式な組織でなく、創価学会の発展に刺激されての自発的組織として活動を開始 )
8月12日  創価学会、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)のデュッセルドルフで、初の欧州総会。
8月20日
 宗門、法華講全国連合会 機関紙を創刊。細井日達師、「大白法」と命名。
 発刊の言葉、「法華講全国連合会の機関紙が皆様の集まった力で発足いたしました。御法主上人猊下からは、本紙名をおつけくださいましたばかりでなく、題字の揮毫までも賜りました。… 創刊号は僅か2頁ですが、根深ければ枝繁し、大発展が近いうちに行われますよう、計画しております」(「大白法」創刊号
8月23日
 妙信講、9月度総幹部会開催。
8月25~26日
 妙信講、総本山夏季登山会に8百余名参加。
「妙信講の恒例大行事夏期登山会はさる8月25日26日の両日、総本山富士大石寺で行われた。講頭先生のもとに集った講員8百2十余名は、戒壇の大御本尊様へのお目通りに深い感激にむせび、また二日間に亘る行事で楽しい中にも信心錬磨の厳しい指導を受けた。各支部単位の山内めぐり、また本山境内に散っての野外座談会、青年部の訓練、大講堂での講演会、御書講義など多彩な行事の中に前進のいぶきが力強く脈うち、参加者一同は信心の歓喜につつまれ勇躍下山の途についた」(「顕正新聞」第62号
8月31日  創価学会、池田大作会長、学生部代表44人に対し「御義口伝」講義を始める。
(※ 毎月1回、昭和42年4月まで、5年間続けられた。実際に下調べと解説を行ったのは原島嵩を始めとした教学部で、池田大作会長は本編の解説が終わった後、自身の野心を語ることに終始した )
9月3日
 宗門、法華講全国連合会の妙信講への抑圧始まる。
「昭和37年9月、平沢は妙信講の浅井講頭と浅井昭衛本部長、それに指導教師である妙縁寺の松本住職を自宅に呼びつけた。法華講連合会委員長は、それほどエラクなっていた。
 平沢の用件は、"創価学会・原島宏治理事長が『妙信講が目障りだ。連合会の力で潰せないか』と言っている。私が抑えているが、連合会に従わなければそうせざるを得なくなる。だから全面的に従え"というものだった」(『冨士大石寺顕正会』下山正恕 )
9月4日  創価学会、本部起工式奉修。
 池田大作会長「この創価学会本部はだれからの一銭の寄付を受けて建てるものではない。私は、このことを第一の誇りとしております」
9月6日
 妙信講、法華講全国連合会からの強要の件につき、細井日達師に「御伺書」提出。
「謹んで申し上げます。… 但し此の件は宗門の現状よりして然るべきが穏当ならば否応を申すべき筋合いではございません。今まで不加入であったのは、連合会なるものはあくまで自発的に有志相寄った東京方面の私的会合で、加入も不加入も自由意志が許されるグループとの認識に依ったからであります。当講に於ては激烈なる法戦に他を顧みるいとま非ずという所でございました。
 ただ慮外と申しますのは、学会の原島理事長の言として、平沢連合会長に再三に亘って、妙信講をつぶしてしまえと云う、おだやかならざる意が示されているとのことであります。学会で直接手を下すのは不穏当であるから連合会で処理せよ …
 ここに学会の真意那辺にあるのか、井底の蛙の如き私共には判断し得ません。全宗門は御法主上人の統卒遊ばす所でありますれば、全体の上より今後妙信講の前進に就いて何卒指標を賜り、御指南を仰がんとここに妙縁寺住職を通じ、伏して御願い申し上げるものでございます。激忙の御法務の間を侵して一講中の為に御胸中を煩わし奉る事、只管恐れ入るものでございます。恐々
 昭和三十七年九月六日 法主上人猊下  妙信講講頭 浅井甚兵衛」(「冨士」第180号 )
(※ この「御伺書」に対し、細井日達管長から具体的な指南はなかった。しかし間接的に、連合会への加入は宗門の至上命令であると、松本日仁尊能師に伝えられた )
9月8日  創価学会、『南無妙法蓮華経』の縦書きを「登録商標」に申請。後、これを取り下げる。
9月13日  公明政治連盟、結成式をかね 第1回全国大会開催(豊島公会堂)。全国から、約2千名の連盟員代表が参加。青年局、婦人局を設置。政治理論誌『公明』の発刊を決定。
 創価学会、池田大作会長挨拶。「大政治団体になり、皆さん方が一流の名士になったときに、もしも派閥を生じたり、反目するようなことが毛筋ほどでもあったならば、もはや大衆の政治団体ではない、そういう資格はなくなったものとして即座に解散すべきであると思うのであります」(「公明党の歩み」)
9月20日
 宗門、大白法、柳沢喜惣次 東京地区連合会企画部長「統一要する信心の概念」
「今、日蓮大聖人の御化導についてこの種の信心を見て行くならば、大衆の指導というものは、掌を返すようなわけには参りません。長い年数のかかる事は誰人も、少し折伏で苦労して来た者ならば簡単に理解できる事です。… 即ち戒壇の大御本尊様に向かって御題目を上げなければ、大聖人様の信心ではなくなるわけです。更に円戒は死後に留むという事になって来ると、今の我々は更に一歩突込んで戒壇を建立する所の信心の概念に統一致してかからなければ、何時まで待っても整頓された、きびきびした信心修行の集団にはなる事は出来ません。今や時代は大きく転換して来ております。我々の信心は、戒壇を建立する所に相寄り相集まった集団であるという事を忘れては肝心の意義を失ってしまうのでありあります」(「大白法」002号
9月23日  創価学会、青年部第4回全国体育大会、"若人の祭典"を開催。細井日達管長、来賓として出席。
9月30日
 宗門、総本山大石寺観行坊に於て、全国法華講連合会結成後はじめての講頭会議が開催され、各講中に青年部の設置が求められた。
「第3項目として、全国講中の組織の整備にともない、各末寺の講頭の任証の手続の完備、また各講中に於いては、すみやかに青年部の結成をなし、責任者を本年末までに報告すること」(「大白法」003号
9月 日  創価学会、学術部結成。
10月 日  創価学会、東洋哲学研究所を設立。
10月20日
 宗門、大白法、光明「無責任な民主主義礼賛は天魔の邪教」
「民主主義を物差しにして仏教を良いの悪いのと言ったら、仏教は民主主義以下のものになってしまう。… 第一に民主主義は確かな心棒が無い。ソ連の人民民主主義と米国の自由民主主義がイガミ合っているのは、民主主義そのものが骨無しで、ドウにでも解釈できるからだ。… 第二に民主主義は凡夫中心主義である。生の侭(まま)の、ムキ出しの人間性をそれその侭で無上尊厳だとするから、欲張り根性や鉄面皮が大手を振ってマカリ通って、正直者がいつでも損をすることになる。第三に民主主義は、その生まれからして階級的対立を含む。… 民主主義という言葉を使って法華主義を宜伝するのは、一往低抗がなくて俗耳に入り易かろうが、其では国体主義の名の下に日蓮主義を宣伝した為に、右翼の連中に庇を貸して主屋を取られた田中智学の失敗を繰返すことになる。だから私は敢て言う。民主主義は天魔の邪教だ、と」(「大白法」003号
10月21日
 妙信講、青年部第4回大会開催。(両国公会堂)「明年度の大目標に勇み立つ」
「さる10月21日午前9時半から、墨田区の両国公会堂に760余の部員を結集して盛大に開かれた。席場で、明年度の指導方針が(一)男子部結集1千名、女子部結集450名、(二)支部活動への積極的協力、(三)教学の充実 の三項目に渡って打出された。このほか青年部長の烈々たる指導、講頭先生の青年を見つめられる慈悲あふれる講演に一同大感激、誓願の三千世帯達成をめざして勇み立った」(「顕正新聞」第64号
10月20日  中印国境紛争、人民解放軍が中印国境の東部(マクマホン=ライン)と西部(カシミール地方)で軍事行動を開始、インド共和国も「祖国防衛」を呼びかけ応戦し戦争状態に入った。
10月22日  キューバ危機、ケネディ・アメリカ合衆国大統領、キューバ共和国を海上封鎖。
10月25日
 妙信講、教学部を「研修部」と呼称変更
「再建以来妙信講において、最も重視し努力を重ねたものの中に教学の研鑽がある。この現状に即していよいよその内容の充実を図るため、今回制度を整え将来に向かっての体制を固めるに至った。名称も従来の教学部より研修部と改め、一般部員からさらに上級の三級・二級・一級部員と段階を設け、それぞれの力に応じた研鑽を続けて将来の体成を期す事になった」(「顕正新聞」第64号
「冨士」第4号「初級講習読本」発刊。
「この「冨士」第四号は浅井昭衛氏が書き下ろした教材で、「日蓮大聖人の御一生」、「仏法の実践」、「宗教批判の原理」の三章からなり、教学の入門書として長く用いられた。先行した「仏教手保登記」(中村徳之進遺著、昭和二十六年十月十三日)や創価学会の「折伏教典」と比べると、かなり洗練されている」(「迷走する顕正会を斬る」櫻川忠 )
11月1日  創価学会、文化局言論部、月刊誌『言論』発刊。
11月8日
 宗門、多宝富士大日蓮華山大石寺(総本山)に於て、御大会奉修。
「去る11月8日・9日(旧歴10月12日・13日)の両日 … 全国法華講員は北は北海道、南は九州各地より総本山了性坊に設置された、全国法華講連合会本部に参集した。全国法華講連合会として割当てられた380名が御登山申し上げ、お練り、三々九度儀式、御申状奉読の儀等に参列させていただいた」(「大白法」004号 )
「宗門恒例の日蓮大聖人のお会式はさる11月8日9日の両立、総本山大石寺で厳粛に奉修された。
 妙信講からは講頭浅井先生はじめ高山副講頭、浅井企画室長、佐藤財務部長、さらに本部参議、代表支部長等一行10名が代表で参列… 」(「顕正新聞」第66号
11月11日
 妙信講、講中お会式奉修。
「妙信講の秋の大行事、日蓮大聖人の御会式は、快晴に恵まれたさる11月11日午後2時から墨田区吾妻橋の妙縁寺で盛大に営まれた。この日、歓喜に満ちた講員9百余名が続々とつめかけ、本堂はぎっしりと埋めつくされた」(「顕正新聞」第66号
11月18日
 宗門、東京地区法華講連合会、第1回体育大会開催。都下東伏見早大グランドで、平沢益吉法華講全国連合会々長の下、講員3000名が参加した。(「大白法」005号 )
11月20日
 宗門、大白法、「日蓮正宗法華講要旨 沿革と趣旨」
「日蓮正宗法華講は、日蓮正宗の信徒全体によって日蓮大聖人の正法を護持し、各自の信行増進と相互の親睦を計り、異体同心の実を挙げるために結成せられておる講中であります。抑(そもそ)も法華講の名称は日蓮大聖人が御在世に於て、大聖人の御法を正しく尤も熱心に信仰し修行せられた信徒の集りに、直々御付けなされたものであります。… 本宗に於て法華講衆を結成して、一切の信者の方々に、その講員となって信行に励んで頂くのは、大聖人の御本旨にもとずくところであり、真の仏弟子の一類として正統の信仰を継ぎ大法広布に寄与せられたいからであります」(「大白法」004号
11月20日
 宗門、大白法、投稿「宗教とマルクス主義 宗教は果たして阿片か」
「マルクスは何故この様に宗教を阿片と定義づけたのか。… その日の生活にも困る労働者達をみて資本家からの自由の獲得の為労働者は、団結して闘争に立上がらなければならないと考えた。然も実際において、このように団結して容易に資本家に立向かわないのは何故であろうか。つまり宗教がこれを邪魔するのであって、実に彼等労働者の闘争意識をはばむものは、他ならぬキリスト教なのであると断定した。現世の不幸をそのままにして来世の幸福のみを説き、現世へのあきらめ、神へのすがりのみを説くキリスト教こそは支配階級の利益のためのものでしかないのだ。従って神こそは民衆の敵であり阿片にすぎないのである。… さて西欧には仏教はない、… マルクスは勿論仏教は知らない。だから、因果の教えなど知るわけがない。… 若しマルクスが、大乗仏教の極度である日蓮大聖人の御法門を拝していたならどうであろうか。まさか宗教は阿片であるとうそぶく筈もあるまいし、唯物論も姿をみせなかったことは確かで、彼も敬虔な日蓮正宗の信徒として其の悪説を吐くこともなく、正法流布に邁進したであろうと思われるのである」(「大白法」004号
11月21日
 妙信講、11月度総幹部会開催。
「11月度総幹部会は、さる11月21日午後7時より文京の社会福祉会館に組長以上の幹部2百余名が結集して力強く開かれた。席上、浅井浅井企画室長から38年度の闘争指針が、①三千世帯の達成 ②人材の育成と打ち出され、いよいよ宿願をかけた明年度の闘争に火ぶたをきることになった」(「顕正新聞」第66号
11月25日
 妙信講、研修部。第3回登用試験、第2回昇格試験実施。
「三級部員が9名、研修部員29名の合格者が新たに出て、ここに妙信講研修部の陣容は三級部員15名、研修部員74名と、約100名に達する充実を見ることになった」(「顕正新聞」第67号
11月27日  創価学会、3百万世帯となる。
12月15日
 妙信講、研修部入部式開催。
 浅井甚兵衛講頭、「人生の背骨である信心に、光かがやくような教学を身につけて欲しい」と。(「顕正新聞」第68号
12月20日  弘文堂、高瀬広居著『第三文明の宗教 創価学会のめざすもの』を発行。
「学会の組織訓育の基本は、会長絶対主義の徹底である。班長が善いか悪いか、会員をどうすべきか、それを決定するのは会長ただ一人に委ねられた特権である。会員に命令し、行動目標を与えることのできるものは会長だけである。学会理事長も理事も青年部長も婦人部長も、いかなる大幹部も会長と較べることは許されない。理事とても仏法上は会員と同じく全く平等なのである。しかし会長は違う。学会では、会長を有徳王という立場でみる。また大師匠だという。全会員は、それが最高幹部であっても会長の弟子なのである」
 

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